第21話「【タイマー】は、圧倒する」

「ルールは?」


 ルビンは警戒も何もなく、ただボンヤリと突っ立っている。

 ギルドマスターの目からも、隙だらけだろう。 


「ルールだぁ? 決まってんだろ───どっちかがぶっ倒れるか、再起不能になるまでよ!!」


 どっちも同じだろうが……。


「あっそ、それでいいぜ」

「ぐひひ、それだけじゃないぜ───。Sランク認定してほしんだろ? だったら……」



 場外なし。

 降参なし。

 タイムアップなし。



「───で、どうだ?」

「いいよ」


「ちょ! そんなのギルドの規定に……!」

「黙ってろセリーナ! ルビンがいいって言ってんだよ。しっかり発言を記録しとけ」


「く……!」


 セリーナは無茶苦茶な内容に苦言を呈したかったようだが、如何いかんせん彼女は一職員。

 ギルドマスターの独裁ではないとはいえ、面と向かって反抗する程の違反があるわけではない。


 そして、なによりギルドマスターの提案した実技試験の内容に、ルビンが異議を唱えなかったのだ。


「セリーナさん。俺は良いから、離れててください」

「で、ですが───」


 なおも食い下がろうとするセリーナだったが、ルビンは軽く笑ってセリーナを遠ざける。


「さぁて、そろそろおっぱじめようか。かかってきな、ルビン!!」

「はは。もちろんだよ」


 ざわざわざわ……。

 ルビンの体内を巡るドラゴンの血肉が戦いへの歓喜に沸き踊る。


 その感覚に逆らわずに、ルビンはむしろ血への渇望へ体を任せる。


 ニィィ……。

「見せてもらおうか───自称Sランクの腕前とやらを!」

「ハッ! ほざけ、雑魚───」


 ふんッ!!


 ルビンが遠慮なしに威圧感を周囲に放つ。

 先日は抑えていた力も事ここに至って隠す理由もない。


 そして、ギルドマスター直々に腕前を見てくれるというのだ。

 楽しみじゃあ、ないか!!


 エリック達と違って恩も義理もなければ、……恨みしかない!!


「なん、だと……!」


 ルビンから放たれる威圧感に、ギルドマスターが初めて焦りの顔を見せる。

 一応は武闘派なだけあって、ルビンから放たれる威圧感を感じ取ったようだ。一方でセリーナが特に気にしていない様子を見るに、武闘家だけに分かるオーラなのかもしれない。


「おま! そ───」

「かかっていいんだろ? 行くぞッ!」


 ドンッ!!!


 訓練場の床に小さな穴を穿ってルビンが飛ぶ!!


 いや、とんだつもりはない。

 ただの踏み込みだ!


「しゅ、縮地?!」

 縮地?

「違う、今のは縮地じゃない。ただの一歩だ!」


 な、

「なんだとぉぉぉおおお!!」


 ルビンの高速の踏み込みに何とか反応したギルドマスター。

 自称Sランクは伊達ではないようだ。


 だが、


「それでSランクとは片腹痛いわッ!!」


 乱暴な口調で、拳を振り抜くルビン!!


「ぐぁ!」

 ギリギリでその拳を三節棍で受け止めたギルドマスター。

 その瞬間、奴の体がインパクトを受けて衝撃が体内に飛び込んでいくのが見えた。


 それが駆け抜けた瞬間、奴の体は爆散するだろうッ!


 あ、

「ルビンさん……。殺しちゃだめですよ?」


 な、

「な、なんだって?!」


 何気ないセリーナの一言に、ルビンが顔を引きつらせる。

 その瞬間もギルドマスターは攻撃を受け止めるのに精一杯だというのに……。


 殺すなって?

「そりゃ、ちょっと難しいぞ……!」

「ぐばぁはぁぁぁあああああああああああ!!」


 殴り抜く寸前でルビンは拳を引き、飛び下がる。

 それでようやく威力が半減。


 ギルドマスターはグルングルンと回転し、地面に数回バウンドして壁に突入した。


 ズドォォォォオオオオン…………!

 パラパラパラ……。


「せ、セリーナさん。そういうことは先に言ってくださいよ」

「いや、わかるでしょ?!」


 ルビンの抗議にセリーナ嬢が頭を抱えている。


「っていうか、殺すつもりだったんですか?」

「え? っていうか、殺すつもりじゃないと思ったんですか?」


 どっちもポカンと顔を見合わせる。

 ルビンも殺すつもりがあったかと言えば微妙だけど、結果そうなっても仕方がない。


 だって、ギルドマスターはルビンを殺す気満々だったし……。


「なんでアンタたちは、そう短絡的なのよ!!」

「殺す覚悟で来られたらしょうがないじゃないですか……」


 パラパラ……。


「ぐぐぐぐ……。てめぇ、て、手加減してやったら調子にのりやがって」


 あ、生きてた。


「いや、別に……?」

 手加減してやったのはコッチなんだけどなー。


「も、もう勘弁ならねぇ! こっちも奥の手じゃい!!」


 え、もう?

 っていうか、奥の手……?


「くくくくく。この訓練場にはあるんだよ、こういった卑怯者の力を奪う術がな───」

 壁際にいたギルドマスターが近くあったスイッチをバンッ! と、叩くと、部屋全体にブゥン……と低い振動音が流れる。


「ちょ! ま、マスター! それは!!」

「黙ってろ、セリーナ!! 言ったはずだ、何でもありだと───」


 ブゥゥゥゥウン……。


「ん? これは……」


 弱体化魔法?


「くひひひひ。ぺっ。気付いたか? そうよ、これは訓練場でのハンデを生み出すための装置。テメェの卑怯な手管に対応して使ってやるぜ!」


 いや、卑怯てアンタ……。

 俺はなんもしとらんがな。


「さぁ、これで互角以上だ! 行くぞ、ルビぃぃぃぃぃいいいン!!」


 ドン! 床を蹴立ててギルドマスターが突進する。

 早さも申し分ないし、何より部屋に係った魔法のせいで、ルビンの動きが阻害される──────……ほんの少しだけね。


「いや、遅いよ」


 ドラゴンの血が体を高速で循環していく。

 それは魔法効果を中和していくだけでなく、徐々にルビンの体のピッチを上げていく。


 だがそれ以上に……。


「弱体魔法だか何だか知らないけど、そんなもんあってもなくても、アンタは雑魚だよ」

 高速で突き出された三節棍の直突!!

「ほざけぇぇええええええ!!」

 直撃すれば体を貫通してしまいかねない威力だけど。


 トンッ。


「コイツで十分だ!」

「んな!!」


 ルビンは指一本でギルドマスターの直突を受け止める。

 その光景にギルドマスターが驚愕に目を見開く。


「ま、まだまだ!!」


 ブゥゥゥゥウウウウン……!!


 さらに施設全体の魔法が強化されていく。

 どうやらギルド職員にはかからない工夫があるらしいが……。


 だからどうした?

 こんな奴にタイムを使う必要もないな。

 せっかくだから、ドラゴンの心臓を喰らってどれほど強くなったか試してみるのもいいだろう。


 コキ、コキッ。


 ルビンは首をならすと、そっと指を離してギルドマスターの直突を受け流すと、奴の体が横に流れていくのを軽くいなす。

 無防備な側頭部が真横に来たので、そこに肘鉄をかるーく当てる。


「えぼはっ!!」


 かるーく、ついただけでギルドマスターは大げさにぶっ飛んでいく。


「ふむ……。体のキレはいいな」

 一応貴族として最低限の体術も剣術も収めているルビン。

 このくらいどうとでもなかった。


「さ、まだまだいくだろ? 徹底的に付き合ってもらうぜ、マスター」

「こ、この野郎……。な、なんか卑怯な真似を使ってるな!!」


 いや、なんも?


「嘘つけ! この野郎……。目にもの見せてくれるわ!」


 ビュンビュンと頭の上で三節棍を回すと、回転速度で威圧するつもりだ。

 だけど、


「その動きになんか意味があるのか?」


 こういう、カッコつけただけの動き……バカじゃね?


「うるさい!! 手も足も出ないくせにいい気なもんだぜ」


 ルビンが棒の動きに幻惑されているとでも思っているのだろうか?


「今度は俺の番だぁぁああ!!」

「んなもん、ねぇよ」


 一体いつになったらギルドマスターのターンは来るのだろう。

 さっきから常にルビンのターンだ。

 まさにエンドレスターン。


「ほいほいほいっ」

「このこのこの!」


 最低限の動きで躱すルビンに、無茶苦茶な軌道で三節棍を突き出すギルドマスター。

 あまりの単調なソレに、セリーナ嬢が欠伸をかみ殺している。


 たしかに、つまらない……。


「く、くっそー……! ボケクソ雑魚の荷物持ちの分際でぇぇえ、Sランクパーティに入って調子にのりやがってよぉ……!」

「いや、もう抜けたよ? だから、ソロ認定の試験を受けてるんだろ?」


「うるさい!! 雑魚はどこまで行っても雑魚なんだよ! 荷物持ちは黙ってぶっ殺されろ!!」


 無茶苦茶言ってんなコイツ。

 っていうか、口軽いなこのオッサン。

 適当に挑発すれば色々吐いてくれるんじゃないか?


「荷物持ちっていうけど、俺の仕事はそれだけじゃ、ないっつの……」


 セリーナ嬢に指摘されるまで気付いていなかったけど、ルビンはじつに多くの仕事をこなしていたらしい。

 それこそ、ギルドの上層部が喉から手が出す程欲しいと思うほどに……。


 だが、それを理解できない脳筋ギルドマスター。


なぁにが仕事だ! クエスト受注に下調べくらい、誰にでもできるわ!! お前は雑魚のくせに、俺が入れなかったSランクパーティに寄生しやがってよぉ! 前々から気にくわなかったんだ!!」


 いや、そりゃ逆恨みだろ。


「───ようやく、【サモナー】から雑魚クソ天職に落ちたかと思えば、ダンジョンからのこのこ帰還しやがってよぉ!! おかげでエリック達に肩入れした分、俺は大損だ!! 全部、お前のせいだぞ!! 責任取れこらぁぁあ!」

「責任だぁ? 何言ってんだアンタ?? その雑魚にやられるSランクパーティに肩入れしたアンタが悪いんだろ?」


 大振りな一撃を指先を逸らして軽く回避。


「うるさいゴミクソ野郎!! 俺が叩き潰して、Bランク以下のカスCランク……。いや、ゴミ溜めのFランク認定してやらぁぁあ!」


 ブンブンブン!!


 無茶苦茶に三節棍を振り回すギルドマスター。

 色々鬱憤が溜まってたのはわかったけど、ルビンからすればただの八つ当たりだ。


「ぐけけけけ! て、手も足も出ねぇか! 【サモナー】でなくなったお前に、俺に勝てる道理なんてねぇ……。ひひ、知ってるか?」

「あ、何を?」


 ルビンの気を引いたことに気分を良くしたギルドマスターがニヤリと笑う。


「ぐひひひひぃ。エリックに転職神殿を紹介したのは俺さ。要職についている人間以外は実質不可能だからな! おかげでお前の犬ッコロがよゲヒァ!?」



 なん、だと…………………。



「いがががががが……!!」


 ギルドマスターの顔面をグワシと掴み取ったルビン。

 その表情!!!



「ひぃ」


 セリーナ嬢が驚いて腰を抜かしている。

 ギルドマスターに至っては至近距離でその怒気に当てられ失禁していた。


 転職神殿に紹介しただと……………………。




「もう一回言ってみろ───」

 詳しくな……!!

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