第14話「【タイマー】は、袂を分かつ」

「……サティラとメイベルも同じ意見なのか?」


 ビクリと震える女子二人。


 最年少で賢者の称号を得たという、その小さな体駆を震わせるサティラ。子犬のように不安げな様子だが、その見た目に騙されるものか。

 そして、まさしく聖女と言われるにふさわしい美しい少女。しかし、腹の中では何を考えているやら……。もう騙されないからな。


 その彼女らは決して顔をあげようとせず、ルビンの視線から逃れるように俯いている。


「なぁ───サティラ、メイベル」


「ッ……」

「…………ぅ」


 一瞬だけ顔を上げようとし、彼女らが何か言いたそうにしつつも、結局はサティラもメイベルもジッと押し黙ってしまった。


 だから、埒が明かない───。


「なぁどうなんだよ。俺の言っている事───」

「そこまでだ! 女を脅すとは、お前もとことんまで落ちたなルビン。呆れたぞッ」


 ルビンの言葉を遮るエリック。

 言葉の割には醜悪な面のまま、ニヤリと笑い立ち上がると、

「今回の遠征はお前のドジが原因で俺たちは大損をこいた。これは事実だ」

「はぁ?? 何を言って───」


「だが!!」


 ルビンの言葉を遮るようにエリックは決めつけて大声をあげる。


「───だがな。素直に謝罪し、報酬を放棄するなら……今回の件は水に流してやってもいい」

「あ? 謝罪? 報酬??………水に流してやってもいい───だって?」


 おいおい、どれもこれも、全部俺が言いたいことじゃねーかよ。


 ───こいつ、頭大丈夫か?


 ルビンは呆れた様子で天井を仰ぐ。

 はぁ、言葉が通じないとはこのことか。


「そうだ。まずは、報酬の山分けだ。───いつも通り・・・・・な」

 そう言って、顎をしゃくるエリック。

 そこには用意のいいことにドラゴンの素材やらが準備されていた。


 鱗や牙、爪……肉などの素材にいくつかのドロップアイテム。

 なるほど、それらを寄越せということか。


 ……なぁにが山分けだよ。


「あれは俺のものだけど?」

「ふざけるなよ! パーティの獲物だ。当然、俺たちにも権利がある。むしろ、お前にも分け前をくれてやるんだ、ありがたく思え」


 はぁ??

 分け前だぁ???


 なんだ。

 結局、金かよ。


「分け前だって?……よく言うよ。俺は死んだんだろ? なら、パーティは除名。つまり、俺はソロのはずだけど? 都合よく死んだ人間からドロップ品の権利を寄越せだって?」

「黙れ! お前はまだ『鉄の拳アイアンフィスト』のメンバーだ!」


 どの口で言うか。


「だから、報酬は山わけだ。だから、これは俺たちが貰う。いいな?!」

 はぁ……。

「…………………………好きにしろよ」


 馬鹿馬鹿しい。

 こんな奴らと会話しているくらいなら、肥え溜めと会話してるほうがよほど建設的だ。

 それより、いっそもう一度ダンジョンに潜ってドラゴンを狩った方が早いな。

 そう都合よく何匹をいるとは思えないけど、延々と繰り言を聞かされるより何倍もマシだ。


 ルビンの投げやりな声を聞いたとたん、歓声をあげるエリックたち。

 それを待っていたと言わんばかりにアルガスなんかは真っ先にドラゴンのドロップ品に飛びつく。


 鑑定を依頼していた

 『竜の怨嗟の杖』

 『竜尾の鞭』

 『ドラゴンの心得』

 『鑑定の指輪』

 『竜血結晶』

 『竜舌香』

 『竜眼石』

 金銀財宝と、

 ドラゴンの鱗、牙、爪───肉等々。


「ぎゃははははは! 見ろよ、この爪!」

「ひょう!『竜血結晶』だぜ!」


 目を$マークにして喜々としてドロップ品を漁るエリック達。

 その姿の、まー……なんと浅ましい事か。


 うんざりして、ルビンはこの場を離れようとする。

 コイツ等といるのは、ホトホト嫌気がさしてきた。


 いつの間にかサティラ達も遠慮がちにしつつもドロップ品を漁っている。


(くっだらない連中……)


 なんでこんな連中とパーティを組んでいたのだろう。

 少し離れて客観的に見れば、以前までの自分に首をかしげたくなる。

 いっそ、昔の自分を呪いたくなる瞬間だった。


「……じゃ、後は好きにやってくれ───セリーナさん、悪いけど正式にパーティの除名を」

「待てよ」


 エリック達に背を向けた所で、呼び止められる。

 これ以上何があるというのか?

 まさか、パーティに戻れとか言うんじゃ……?


「…………なんだよ?」

「それも置いていけよ?」


 エリックが指さす、それ。


「…………これのことか?」


 ルビンが腰にいていたドラゴンからのドロップ品『竜殺しの刀ドラゴンスレイソード』だ。


「そうだぜ?───そいつも良さそうじゃないか、くれよ」


 それだけ言うと、アルガスもエリックが装備している『竜麟の小盾ドラゴンバックラー』に目をつける。


「ほら、サティラやメイベルも言えよ」


 クイっと顎をしゃくるエリックにつられて、メイベルがおずおずとルビンが纏っている『不可視の衣ステルスローブ』を指さす。


「それを寄越せってさ、けへへへ」


 エリックが笑い、当然のように手を差し出す。

 サティラは一人権利を主張しなかったようだが、ドロップ品の山にあった『竜の怨嗟の杖』を取り出し、ギュッと抱締めている。


 もちろん、ルビンとは目をあわせようとしない。


「はぁ……」


 ルビンは心底くだらなくなり、

「ほらよ」


 剣を地面に放り出し、盾を無造作に転がした。


「あとはいらないんなら、持っていくぞ」


 ルビンはエリック達が漁り損ねた品物を回収するとレアボックスにしまいこむ。

 中には僅かばかりの竜の鱗やその他の素材、あとは指輪程度が残るのみ。


 高価な品や金銀財宝は全てエリック達が回収していったようだ。


「あ、そうだ。あとは、これも返しておく。お前らのだろ?」

 そういって、ボロボロの荷物を投げよこした。


 荷物持ちをさせられていたルビンが持っていたパーティの共有物資だ。

 大したものはないが、あとからいちゃもんをつけられちゃ敵わない。


「その代わり…………!」

「あ゛?! なんだテメェ? 役立たずのテメェにくれてやるもんはねぇぞ!」


 いらねーよ。


「金輪際、俺に関わるな───もう、パーティじゃない」

 それだけを言い放つと、ルビンは踵を返した。

 そこに、


「ま、待って!」

 ルビンの袖を掴む手が一つ。

 ゲンナリして振り返ると、サティラがエリックに縋りついていた。


「ご、ごめんなさい……。全部、全部あやまる。だから、……だから、あの───あ、アタシもつれていって!」

「いやだ」


「あ、ありが──────え?」


 え? じゃ、ねーよ。


「嫌だと、言ったんだけど? じゃ、そういうことで」

 何が悲しくて俺をゴミ扱いしやがったクソ女を連れていかにゃならんのよ?

 しかも、手のひら返しもいいところ。


「おい、サティラ! 何考えてやがる!!」

「テメェ、こら!!」


 男二人は、激高して叫びだす。

 そして、メイベルさん。


「そ、そうですよ……! ルビンさんがアナタなんかと一緒に行くはずないでしょ! ねぇールビンさん! 私と行きましょ、んね?」


 ニッコリ笑って反対の手を取るメイベル。

 ルビンが断るなどと微塵も思っていないらしい。


 だが、断る。


「嫌だけど?」

「ありがと─────……え?」


 んね? じゃねーよ。なんでお前なら一緒に連れていくと思ってるの?


「いや、え? なん……断って───?? え、え??」

「いや、断るでしょ」


 だって、俺を囮にしようって提案したのお前じゃん。


 ルビンは知っていた。あの時、声に出さないまでも、パーティの総意を「ルビンを囮に」に誘導した人物が誰かということに。


 確かに、パーティ内ではそこそこ親切にしてくれていたように思うけど、それでも結局のところメイベルだって荷物はルビンに押し付けていたし、【タイマー】になってからは、彼女だってルビンの話をまともに聞いてくれなかった。


 つまり、エリック達と同類だ。


 メイベルの場合は、ある意味それよりたちが悪いかもしれない。


 とどのつまり、メイベルはどうやれば自分がより聖女らしく見えるかを計算してのことだろう。

 その意味では、天真爛漫で自分に正直だっただけのサティラの方がまだマシ・・・・というもの。


 年若くして賢者となった彼女はよくも悪くも裏表のない性格だ。

 だから、ルビンに対して素直に不平不満を言う。そこに悪意はない……。


 そして、

 サティラだけは、あの囮にされた瞬間であっても、最後までなんだかんだと一番あとまで逡巡していたことはルビンも知っている。


 もっとも、それだけでサティラを許す気にはとてもなれなかったけど。


「だ、だって、私は今までアナタの事を思って───」

「なら、一人にしてくれよ。これ、餞別。お世話になったね」


 メイベルが欲しがっていたローブ。

 それを投げつけるようにしてメイベルに寄越す。


(───これが欲しかったんだろ?)


 茫然とするメイベルを尻目にルビンはさっさとパーティに……いや、元パーティに背を向けると部屋をあとにした。


 ザワザワとした喧噪が耳についたかと思えば、応接セットを抜けて、いつものギルドの空間にいることに少しホッとした。


 いくらドラゴンの力を得て、【タイマー】の能力に目覚めたと言っても、エリック達から足を洗うのはそれなりに緊張していたらしい。


 だけど、もうこれで自由だ。


 セリーナ嬢と二、三会話すれば彼女は二つ返事でパーティからの除名を認めてくれた。

 どうやら、ギルドマスターとエリック達のやり取りに思うところがあったらしい。


「はい。これで正式に除名となりました。えっと…………あー」

「おめでとう、でいいよ?」


 除名を「おめでとう」と言って良いのか悩んでいたセリーナ嬢に笑い掛けるルビン。

 実際、清々したものだ。

 元々死亡報告のあとに自動的にパーティから除名されることになったルビンだ。


 手続きとしてはそう難しいことではない。


 元のパーティに戻すのをとりやめ、死亡欄に二重線で取り消しをいれるだけ。

 あとは、別紙にソロパーティとして冒険者登録をすれば、ルビンは晴れて自由の身となった。

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