第13話「【タイマー】は、追及する」

 セリーナの強引な引き留めに頭を悩ませていたルビンだったが、


 ───コンコン!


 話を中断するように扉をノックされ、セリーナ嬢も顔をあげた。


「はい? 今、来客対応中ですが……」

「俺だ」


 ガチャ。


「マスター?!」


 入室を許可される前に、扉を開けて入ってきたのが、このギルドのマスターであるグラウスであった。

 ガチムチの体駆と、禿げあがった頭。

 そいつが入室とともにキラリと光る。


「おう、ここにいるって聞いてな───ルビン、少し顔を貸してくれ」

「へ?」


 ギルドマスターは、見た目の変わったルビンに少し驚いていたようだが、すぐに気を取り直してルビンを室外に呼びだした。


「あの、なんですか?」

「いいから、来い!」


 有無を言わせぬ様子で退室を促すギルドマスター。

 訝しく思いながらもついていったルビン。慌てた様子でセリーナ嬢もついてきた。


「ちょ、ちょっとなんですか? マスター!? まだ、話の途中───」

「そんなことはどうでもいい。それよりも、ルビン……。お前、やっちまったな───」


 は?


「やっちまった、て……何のことですか」

「ふん。自分の胸に聞いて見なッ」


 取り付く島もないまま、ギルドマスターが一方的に言い切ると、ギルドの応接セットにルビンを通した。

 そこはさっきまでエリック達と話していた場所よりも少し豪華な場所で、ギルドの要人御用達の応接スペースだった。


 そして、例によってエリック達が席について茶をすすっていやがる。

 さっきまでと違うのは、同席している中にサティラとメイベルの女子二人もいることだろうか。


 ギルドに入った時にも、彼女らの顔を見ていたが、今は二人とも気まずそうにしている。


 ま、無理もないけど……。

 それよりも。


「えっと……。話が見えないんですけど?」

 本気で意味が分からないルビン。

 さっきのセリーナ嬢の話では、双方の言い分を聞いて総合的に判断するといったような趣旨だったと思うのだが。


 チラリとエリック達の方を見ると、なにやらアルガスと結託してニヤニヤとしてやがる。

 その雰囲気からも、どうやらギルドマスターがエリック側であると窺えた。


(ちぇ……。面倒な雰囲気になって来たぞ)

 エリックが言う、例の「手を打った」という奴かもしれない。


「ほら、座れルビン。……言っとくが、お前に茶なんか出ないぞ」

「いらないよ」


 小さなため息をつくと、ルビンはいっそ開き直った様子で、エリックの真正面に座った。

 そして、視線を4人に流していく。


 エリックとアルガスはニヤニヤと笑い。

 アルガスはルビンが怯まないと見るや、眉根を釣り上げて憤怒の表情。実に百面相だ。


 そして、サティラとメイベルは、ルビンの視線に怯えるようにそっぽを向いたり、ジッと膝を見つめたりして、決して視線を合わせようとしなかった。

(ふーん……?)


「で、なんの話? もう、俺とエリック達とらなんの関係もないはずだけど?」

「何言ってんだテメェ! ただの荷物持ちが偉そうな口聞いてんじゃねえ!」

「黙ってろアルガス! お前が口を出すと面倒なんだよッ」


 先ほどと同じようなやり取りで、エリックがアルガスを差し止める。

 「ち!」とワザワザ舌打ちをしてルビンを睨むアルガスだが、その視線になんの感情も抱けない。

 ちょっと前までは威圧感を感じて怯えていたはずだが、今はただ、鬱陶しいだけだった。


「そうだね? 俺は荷物持ちだったけど、それが何? それよりも、俺は死んだんでパーティを除名なんだろ? もう、お互い関わるのはよそうよ」


「は! 勝手な言い草だな───。お前のせいで俺たちがどれほど迷惑をこうむったと思う? あ゛?!」


 は?

 迷惑…………?


「何の話だよ? お前らが俺の足を斬って、そして、キウィを殺したことを迷惑だとか言ってるのか?」

「はん! そんな話は知らんよ。俺たちが言ってるのは、これまで、お前が俺たちに掛け続けた迷惑の全てを言っている」


 はぁ?

 ……こいつは何を言っているんだ?


「そうだぞ、ルビン。エリック達から話は聞いている。…………お前、転職に失敗して以来、ろくに働いていないそうだな? しかも、報酬だけは貰っておいて、パーティにほ何の貢献もしていないと聞いているぞ」

「マスターそれは……!」


 それまで黙って聞いていたセリーナ嬢だが、聞き捨てならないとばかりに声をあげた。

 だが、ギルドマスターは一睨みすると、

「誰が発言を許した! ギルド職員がいち冒険者に肩入れするなどあってはならん事だ! いいからさっさと出ていけッ!」


 一喝されたセリーナ嬢はそれでも気丈に反論しようとしたが、ルビンは首を振って彼女を止める。

 別にセリーナ嬢を気遣ったわけではないのだ。

 ただ、さっさとこの空間から流れたくて、話しを切り上げたかった。


 正直、もうコイツ等と一緒に空気を吸っているのも嫌だ。


「確かに俺は転職に失敗したよ? だけど、何の貢献もしていないだって? 例え荷物持ちでも、俺が運ばなきゃ誰が荷物を持つのさ?」


「へ。荷物持ちくらいでいい気になるなッ!」


 黙ってろと言われたアルガスだが、すぐに我慢しきれず怒鳴り声をあげる。

 ちょっと前のルビンなら、この声にひどく怯えていたかもしれない。


 ガサツで短気なアルガス。

 だけど、今のルビンには子犬の泣き声程度にしか感じられない。


「あーそー。荷物持ちで悪かったね。で? それが何の迷惑なのさ」

「ふん。そうやって素直に聞いてろ。そうだな……まず、お前の掛けた迷惑を教えてやる。ゴホン! ルビン、お前は荷物持ちしかしていないのに、パーティから不当の報酬を受け取っていたこと!」


 はぁ?


「さらには、ダンジョンの下調べを怠り、何度もパーティを危険に陥れた。そして、」


 おいおい……。


「『地獄の尖塔』では一人で怖気づき、パーティの荷物を持ったまま逃走し、俺たち全体を危険に晒した。そして、最後は自ら殿を引き受けたとはいえ───……なんてこった。それすら、俺たちを欺くパフォーマンスだったとはな!!」


 あ?

 …………こいつは何を言っているんだ?


「あー……どこから突っ込めばいいんだよ」

 ルビンは頭を抱える。

 さっきセリーナ嬢に聞いた説明より酷くなっている。


「んーと。まず、報酬だけど。エリックは確か、荷物持ちにごときには大した額を出せないって言って、以前の報酬よりも半分以下に減らしたよな?」

「知らん」

「あと、ダンジョンの下調べを怠りって……。お前らが一言の相談もなく、勝手にクエストを受注してきたんだろ? そんなのどうやっても時間が足りるわけないだろうが……。それに俺は何度も何度も、その危険性について説明したよな?……そうだろ? サティラ、メイベル───」


「知らん!!」


 エリックは強く否定し、サティラもメイベルも決して目をあわせようとしない。

 二人は黙ってうつむくのみ。


「そして、最後の……なんだ? エリック達を欺くパフォーマンスってなんだよ? そいつぁ、さすがに意味が分からない」

「は!! その口でよく言えたな! 俺は知っているんだぞ、お前が手負いのドラゴンをみて、手柄を独り占めしようとしていたことくらい!」


 おいおい……。

 手負いって、誰が手負いだよ??


 ──あのドラゴンが手負いだっただって……?


(ありえないっての! 手負いどころか、かすり傷一つ負わせることなく逃走したのはどこの誰だよ!)


 まったく……。


「なにを言ってるわからんけど、ドラゴンは無傷だったぞ。そして、お前たちは逃げるために俺とキウィを餌にしたくせに!よくもそんな嘘が言えたな……」


「知らん!」


 知らん、知らん、知らん!!!


「お前の言っていることは全部、出鱈目でたらめだ! 俺はパーティを代表して、お前を訴える用意があるぞ!」

「訴えるだって?───こっちのセリフだよ。馬鹿馬鹿しい……勝手に言ってろ!!」


 いい加減聞いているのもバカバカしくなってきたルビンは席を立とうとする。

 だが、それを見たギルドマスターがルビンの前に立ち塞がる。


「どこに行くつもりだ? まだ話は終わっていないぞ」

「話? ほら話のことか? そんなもん知らないよ。あとは好きに判断すればいい。俺はもう、金輪際コイツ等と関わり合いたくないんでね!」


 ギルドマスターの脇をすり抜けるルビンだったが、

「そうはいかん。勝手な真似をするなら、お前を拘束させてもらうぞ」


 は?


「なんでだよ。俺はとっくに事情を説明したぞ? それなら、捕まるのはエリック達だろうが!」

「馬鹿を言うな。4人全員・・・・の証言が一致しているんだ。お前の言い分は、お前だけしか知らん話だ。その一方でお前はダンジョンで何をしていた?───ひとりでドラゴンを倒したなどというが、お前のようなカスの【タイマー】だとかいう天職でドラゴンが退治できるわけねぇだろう!」


 4人全員・・・・だぁ?!

 そりゃあ、口裏合わせくらいするだろうさ。


「…………じゃあ何が言いたいんだ? いや、それよりもギルドマスターのアンタも、俺の話を聞かないつもりなんだな?」

「話なら聞いたさ」


「だったら!!」


「───お前一人と、エリック達の4人全員からな」


 ち……。

 そいうことか。


 途端に冷めた目つきのルビン。

 ようするに、数の暴力だ。


 4対1。


 そして、ギルドマスターとエリック達は裏で繋がってやがるのだろう。


 4人の証言が一致することと、ルビンだけの証言を天秤にかけて、どちらかが正しいか───という論法にしたいのだろうさ。


 そして、その理屈で言うならば───多数決の勝利というわけだ。


 実際にルビンがどうやって生き残ったのか証明できるのはルビンだけ。

 それを語って聞かせても、『悪魔の証明』にしかならない。


 ※ 悪魔がいることを証明するには、悪魔を連れてくればいい。簡単さ。

 だけど、悪魔がいないことを証明するにはどうすればいい? 「悪魔がいない」ことを連れてくるわけにはいかない。


 つまりは、多分そうだろう・・・・・・・───という曖昧な証明しかできないわけ。


 だから、ルビンがいくら「ドラゴンを一人倒した」と言っても、その事実はルビンしかしらない。

 一方で、手負いのドラゴンを倒し手柄を奪ったという事実・・は4人が証言してくれるというわけだ。


 なるほど。


 どちらも完全な証明には至らないが、こと信憑性においては数の多い方が増す。

 そして何より、エリックとギルドマスターは懇意なのだ。

 いくらでも忖度そんたくが働くだろうし、なによりルビンの評判はとっくに地の落ちている。


 セリーナ嬢は高く評価してくれているが、それがギルド全体の総意かと言われればきっと違うのだろう。

 事実、セリーナ嬢をして、ルビンの能力を高く買っているという割には、ギルドマスターはこの調子。

 おまけにのマスターのポストはないと言っていたのだから、お察しと言ったところ。



「4人全員ね……。エリックとアルガス───」


 そして、


 じーっと、視線を寄越すルビン。

 それは、サティラとメイベルに向けられたもので、まるで断罪するかのように、彼女らをゆっくりと睥睨する。


「……サティラとメイベルも同じ意見なのか?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る