第11話「【タイマー】は、全てを話す」

「なるほど…………」


 トントンと、聞き取り調書の端を叩いてまとめたセリーナ嬢は難しい顔をして天井を仰いだ。


「ええ、まぁ。ルビンさんが生還した時から、もしや……と思っておりましたが、ここまで酷いとは───」

「そうですね……。まさか、命を奪われそうになるとは、俺も思っていませんでした」


「あ、あぁ、いえ。もちろんそのこともですが───。これまでのことですよ」


 ん? これまで?


「───【サモナー】からの転職に失敗した話はギルドでも把握しています。それからのルビンさんの待遇も……」

「あぁ、まぁ……酷いっちゃぁ、酷いよね」


 ぶっちゃけ、針のむしろもいい所だった。

 ルビンに非があるならともかく、転職の女神のミスでこうなったのだ。

 それを、まるでルビンが悪いかの如く……。たしかに召喚術が使えない元【サモナー】に価値はないかもしれないけど、それならばそれなりにやりようがあったと思う。


「えぇ、『鉄の拳アイアンフィスト』は目立ちますからね。パーティの雰囲気がおかしいことはギルドも把握しておりました。その上で近々提案する予定だったのですよ」


「え? 提案……ですか? 何を?」


 スっと、一枚の書類を差し出すセリーナ嬢。

 それに目を通したルビンは、


「えっと……『正職員採用推薦状』?」


「はい。Sランクパーティの経験をもち、高等学問を履修済みのルビンさんのことです。不躾ぶしつけではありますが───……ギルドならば、ルビンさんを好待遇で迎え入れる予定があります」


 え、うそ?


「ほ、ほんとですか? 俺なんて、ただの役立たずの荷物持ちなのに……」

「はい? それはここ最近の話でしょう? しかも、パーティ内だけの評価を言ってますよね? 実は『鉄の拳アイアンフィスト』でのルビンさんの扱いを見て、度々話題に上がっていたのです。……宝の持ち腐れもいい所だと」

 宝の持ち腐れ……。

「それは、俺みたいな役立たずがSランクにいるのはふさわしくないと?」


 少し、悲しさと悔しさをにじませた声が出てしまったルビン。

 ギルドにまで否定されたようで胸が痛む。


 だが、


「いえ。いえいえ、逆ですよ! 『鉄の拳アイアンフィスト』にいるルビンさんが才能を活かしきれていないのは、もったいないと言っているのです」


「は?」


 一瞬何を言われているのか分からないルビンは、間抜けな顔で聞き返してしまった。


 だって、そうだろ?


 【タイマー】の有用性に気付いたのは最近のことだ。

 それまでのルビンなんて、ただの役立たずの荷物持ち……。Sランクパーティの足手まといでしかなかった。


「はぁ……。本当に分かっていないんですね……。いいですか? ギルドが『鉄の拳アイアンフィスト』を信頼しているのも、ひとえに貴方がいるからなのですよ?」

「えっと……?」


 そ、そんなはずが……。


「『鉄の拳アイアンフィスト』のギルドへの申告の正確さ。そして、高い依頼達成率。なによりも生存率の高さと、安定した戦闘力。それらがあっての、Sランクという評価です」

「それは、エリック達のが強いからで……」


 そう。

 エリック達の戦闘力は本物だ。

 ドラゴンの力を得た今でこそ、単純な膂力は上かもしれないが、総合的な戦闘力は単純な力で推し量れるものではない。


 エリックたちは強い……。


「えぇ、たしかにエリックさんたちは強いですね。それは認めましょう。ですが、それだけでSランクになれるほどギルドの裁定は甘くありません。───見てください」


 セリーナ嬢が室内に掲げられたボードを指し示す。

 あれは確か……。


「各パーティの依頼達成状況です。あれが以前までの『鉄の拳アイアンフィスト』の状況で、こちらが最近の状況です。一目でわかるでしょう」


 先月くらいまでの依頼達成率をみると、グラフが飛び出ているパーティがある。

 言わずと知れた『鉄の拳アイアンフィスト』だ。


 しかし、ここ最近の業績に注目してみると……。


「ず、随分と業績が落ちてるな……」


 依頼達成率が著しく悪い。


 そういえば、ルビンがお荷物扱いされ出してからは、パーティ内ではルビンの話など誰も聞いてくれなかった。

 そして、それを幸いとばかりにエリック達が勝手にギルドでの依頼を決め始めたのだ。


 それまではルビンがしっかりと精査していた依頼を───だ。


 傍から見ていても、明らかに準備不足や、パーティの相性にそぐわない依頼を次々と取るエリック達。

 何度か、それを注意しようとしたのだが、「役立たず」だの何だのと言われ、まともに取り合ってくれない始末。


 おかげでこの業績らしい。


 そして、当然ながら、そんな状況で依頼クエストの下調べなど追いつくはずもなく……。

 結果───最近の『鉄の拳アイアンフィスト』は依頼を連続して失敗するという事態に。


 だからこそ、それを一気に挽回するために前人未踏の『地獄の尖塔』にトライした───そう言う経緯がある。


「……そうです。業績悪化の原因は、『鉄の拳アイアンフィスト』がアナタという参謀格の意見を無視し出してから起こっています。こちらも商売ですからね、申し訳ありませんが業績を管理しておりました」

「そ、そうなんだ……。でも、別に俺だけじゃなくて、他にももっと優秀な人はたくさんいますよね? なんで、俺をギルドの職員に?」


 本当にわからず真正面から問うルビンに、セリーナ嬢は大きくため息をついた。


「あのですね……ルビンさん? こう言っちゃ何ですけど───アナタ、自分の評価が低すぎますよ?」

「え?」


 本当にわかってないんですか、とセリーナは頭を抱えながら言う。


「まず、高等学問を履修済みの冒険者がどのくらいいるかご存じで?…………はっきり言って、冒険者全体をみても、20人もいませんよ? 知識人なら、普通は冒険者などしなくとも、いくらでも食い扶持はありますからね」


 ま、まぁ、それはそうかもしれないけど……。


「その上でッ!」


 ビクっ!


「───Sランクパーティにまで上り詰め、そして、足手まといと言われつつも、脱落することなく荷物を運び、魔物の跋扈するダンジョンから何度も生還する人が早々いますか?」


「あ……っと、どうだろう? でも、ほら……賢者とか、高位神官とか。あー言う人たちも賢いのでは?」

「それは専門学ですよ? 基礎教養とは、また別物です。高位神官の方が4法計算ができますか? それに賢者の方が商売に詳しいですか?」


「んっと……それは───でも、基礎教養が何の役に?」

「……あの業績を見て、それを言えますか?」


 先月までの業績を示したセリーナ嬢が呆れている。


(う、む……)


「基礎教養というのは、ルビンさんが考えているほど単純なものじゃありません。教養というものは、物事の考え方を道筋立てて考えるのに役立つものです。……ルビンさんが当たり前のように考えて、当たり前のように分析していることも、並みの冒険者からすれば、高度の知識体系に沿った考え方なんですよ? 誰にでもできることではありません」


 ましてや、


「Sランクパーティにまで上り詰めたアナタの冒険者としての経験は、万金を詰んでも手に入れられるものはないのですよ?」

「そ、そうなのか……?」


「そうですよ! ポストさえあれば、即ギルドマスターを任せてもいいという声もあるくらいです」

「それは言い過ぎじゃ……」


 いくらなんでも、そんなに自分が優れているとは思えない。


「あのですねぇ。全国に散らばるギルドのマスターは、平均してB~Aランクの引退冒険者です。Sランクもいるにはいますが、大抵のSランクの冒険者は、死ぬまで冒険者で居たがることがほとんどですからね。実際の成り手や実例は少ないんですよ」

「そういえば、ここのギルドマスターも」

「えぇ、もとBランクです」


 マジかよ……。


「ですから。もし、ルビンさんさえよければ、即ギルドの職員に採用させていただきます。正職員としてだけではなく、新人や中堅への再教育を担う教官としての役割をもった、即戦力の特別待遇として」


「そ、そこまで買っていただけるなんて……光栄です」

「むしろ、そこまでしてでも欲しい人材だと、ご理解ください───もちろん、ルビンさんのご意思次第ですが……」


 役立たずからの囮。

 そして、ドラゴンの力を吸収しての命からがらの生還。


 そして……、

 そして、ギルドの正職員だって?

 しかも特別待遇。


 ちょっと、短期間に色々起こり過ぎて理解が追い付かない。


「ちょ、ちょっと考えさせてください」

「はい、もちろんです───あとは、」


 ん? あとは?




「……エリックさんたちをどうされますか?」 




「どうって……」






 ───どうしようかな。

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