第9話「【タイマー】は、ギルドに顔を出す」



 ざわざわ


 ざわざわ



 帰路の途につき、待ちの門をくぐった時。ルビンはえらく注目されてしまった。

 それどころか、門を通過する際にひと騒動。


 そりゃあ、引き締まった体躯の白髪の見慣れない男が、竜の素材を山と積んでやってくるのだ。


 しかも放つ威圧感が半端ではない。


 この街は近隣にAランクやSランクダンジョンが点在するだけに警備兵の質もかなり高いのだが、彼等ですら緊張を強いられるほどにルビンは変貌していた。


「おいおい……大げさすぎだろう」


 城門は閉ざされ、城壁にはズラッと兵士が居並ぶ。

 弓矢が指向され殺気と戸惑いが感じられた。


「止まれ!!」


 貧乏くじを引いたのは、今日の城門係だろう。

 正体不明の人物がやってきて、それに対応しなければならないのだ。もし、死ぬとすれば彼が一番なのは明白だ。

 可哀想なくらい怯えている。


「えっと、……冒険者なんですが」

「黙れ! それ以上近づくな!!」


 ガタガタと震える城門係に、何と言って説明したものか……。

 いいや面倒くさい。


「通るよ? はい、冒険者ライセンス」


 チャリン、と澄んだ音を立ててドックタグのようなライセンスを示す。

 それはS級を表す白金のそれ。


「え、Sランク?!…………って、あんた、ルビンか?」

 驚いた顔の城門係は慌てて開門してくれた。

 それと同時に城壁に兵士達も緊張を解く。


「お、驚いたな……。でも確かにルビンだ。えらく見た目は変わっちまったけど……」

 どうやら、ルビンの顔を知っているらしい城門係。

 おかげで話が早くて助かる。


「色々あってね……」

「そうなのか? ちょっとまえに『鉄の拳アイアンフィスト』の連中がボロボロで帰ってきて、アンタは死んだって言ってたぜ?」


 やっぱり……。


「御覧の通り生きてるよ───じゃ、お仕事ご苦労様」

「お、おう」


 何と言っていいか分からず硬直している城門係を尻目に、ルビンはまっすぐにギルドに向かう。

 街中の注目を集めながら……。



 カラン♪

 カラ~ン♪



 ギルドのスイングドアを押し開けると、軽やかなカウベルが鳴り響く。

 それと同時にギルド中に衆目が集まった。


「ありゃ。エラク見られてるな……無理もないけど」


 ポリポリと頭を掻きつつ受付に向かうルビン。

 ポカーンと口を開けた冒険者達が互いに顔を見合わせている。


「お、おい。あれって……」

「ルビン、か? たしか死んだんじゃ……??」

「っていうか、なんだあの格好! それに見た目もなんか……」

「うぉ! あれ見ろよ───ど、ドラゴンの鱗だぜ!」


 再びの喧噪。


 そして、その中に見知った顔を発見した。

 併設されている酒場の一角に女子二人。


 サティラとメイベルだ。

 二人はポカンと口を開けていたが、徐々に驚愕に目を見開く。


「嘘……。る、ルビン」

「まさか、ルビンさん……なの?」


 その二人の前をチラリと視線を寄越すだけで通り過ぎると、そのまま受付のカウンターへと向かうルビン。


 正面には、いつも顔を出す冒険者ギルドの美人受付嬢のセリーナ嬢がいた。


「ルビン…………さん?」


 そして、そのカウンターには同じく見知った顔が二人。

 エリックとアルガスだ。


 最後に別れた時よりもボロボロの格好で、みすぼらしい。

 慌てて逃げたにしては、どうにもこうにも……。

 二人はギルドとの交渉に忙しいのか隣に経ったルビンにまったく気付いていない。


「ルビンだと? そんなことよりも、融資を頼む。装備を整えてダンジョンにトライすれば、損失なんてすぐに返せるんだ!」


「そうだぞ! エリックの言うとおり、俺たち『鉄の拳アイアンフィスト』に投資しろ、あとはメンバーの補充だ! 身をもって俺たちを救ってくれた英雄ルビンの代わりのメンバーがいるんだよ!!」


 誰が英雄やねん。


 ルビンに気付かず、熱心にギルドに借金を申し込んでいるらしい。

 どうやら、着の身着のまま、一切合切を捨てて逃亡して来たようだ。


「えっと…………。エリックさん? ルビンさんは死亡したと言われましたよね?」


 ほうー……。


「そうだ。何度も報告しただろう。ドラゴンに遭遇し、あと一歩まで追い詰めたのだが……ルビンのミスでピンチに陥った。だが、そのミスを償うため、彼は自分の身を捨て俺たちを助けた。まさに英雄だ───彼の献身があって我々は助かった。だから、その献身に報いるためにも、あのドラゴンをもう一度、」 


 ドン!!


「そうだ。そうそう、これだ! こんな色の鱗をしたドラゴンだ。そして、これと同じような爪と牙をしたドラゴ……」


 ルビンは受付嬢に向かって素材をいくつか納品する。

 そして、横目にそのドラゴンの素材を見たエリックは、まさにこれだと言って……硬直した。


「えっと、ルビンさん。お疲れ……さま?」

「はい、疲れました」


 受付嬢の労い。

 そして、彼女の視線を追うようにして、そして素材の納品者を確かめるように、エリックとアルガスの視線がルビンを捉えた。


 ……………………る。


「る、ルビン?!」

「お、お前! 嘘だろッ?!───なんで生きてんだよ!」


「よぉ」


 唖然とするエリック達。

 口をパクパクと開けているのを白けた目で見つつ、


「ドラゴンってのはこれか?」


 一言言い放ち、剥いだ竜麟をピンと弾いてぶつける。


「くぁ! て、めぇ!」


 ロクに反応も出来ずに顔面でキャッチしたアルガスが激高するも、ルビンはそれっきり無視を決め込んだ。

 エリックだけは何か言いたそうに口を一度開けていたが……すぐに閉じる。


「セリーナさん、納品をお願いします。あぁ、それと───」

「は、はい……」


 いま、死んだって言ってたよな?


「俺は死んだことになっているんみたいなんですが、その場合のパーティの扱いはどうなりますか?」

「えっと……。死亡者は自動的にパーティが解消されます。も、もちろん生存していたので、その限りではないですが!!」


 へぇ、いいじゃないか。


 エリックが何て言って報告していたが知らないけど、どうせ本当のことは話していないだろう。


「───なら、ちょうどいいです。このままパーティを解消したままでお願いします」


 あの時切られた足の傷の痛みは忘れちゃいない……。

 そして、キウィのことも……。


「えっと、は、はい……。それは、可能ですが……その、」


 セリーナ嬢は可哀想なくらい狼狽している。

 だってそうだろ?

 死んだと報告した人間・・・・・・・・・・がそこにいて、そして、死んだはずの人間・・・・・・・・が帰って来たのだ。

 並々ならぬ事情があったと推察できるだろう。


「───その。か、可能なんですが……。一度事情をお伺いしませんと。こちらとしても、書類上の不備になってしまいますので」


 申し訳なさそうに言うセリーナ嬢。

 だが、これは好都合だ。


「わかりました。一部始終をお話しします」

「な! バカな、報告はリーダーの俺がしただろう?!」


 突然セリーナに食って掛かるエリック。


「い、いえ。そ、そう言われましても……。現にルビンさんはこうして帰ってきたわけで───」


 そりゃあそうだ。

 死んだ人間が帰って来たのだから、死んだという報告は虚偽ということになる。

 これ以上にないくらいの証拠なのだから。


「ばかな! コイツはルビンじゃない! 見ろよ、この見た目を! 別人だ!!」

「そ、そうだ! ルビンはもっとヒョロヒョロの役立たずで、グズだから、ドラゴンの囮くらいにしか使えな」


「馬鹿! 黙ってろ……!!」


 しーーーーーーん。


「………………今、囮と言いましたか?」


 スッと、雰囲気の変わったセリーナ嬢。

 柔和な表情から一転して冷たい目をして感情の抜け落ちた顔でエリックを見る。


「い、いや。その……」


 チラリとエリックの顔を見ると、唇をかみしめて俯いている。

 これ以上、誤魔化しがきかないと悟ったのかもしれない。


 だが、諦めの悪い奴もいた。


「だから、コイツはルビンじゃねーっつんだよ! ルビンがドラゴンを倒して帰ってこれるわけがねぇんだ!!」


 そう言ってアルガスは立ち上がると、ルビンの胸倉を掴む、


「おう、テメェ! 何いい気になって出しゃばってんだよ! ルビンのカスがテメェだと? ふざけんなこの語り野郎が!!」


 ガンッ!!


 中々の速度で腰の入ったパンチ。

 それがルビンの顔面にヒットするも。


「いっづ!!」


 ピクリとも動じないルビン。

 竜の血を飲んで手に入れた体は並大抵の攻撃すら受け付けない。


「…………誰がルビンじゃないって?」


 そう言って、冒険者ライセンスをカウンターに置く。

 それは白金のライセンスで、ルビンの名前がしっかりと刻まれている。


「そ、そんなもん! 殺した奴から剥ぎ取ればいくらでも!」

「キウィは俺の腕の中で死んだよ」


 チリン♪


 腕に巻いたキウィの首輪。


「そ、それは……」


 エリックもアルガスも同様して椅子にストンを腰を抜かして座り込む。


「………………あの召喚獣───亡くなったのですね」


 セリーナ嬢はキウィのことを知っていたらしく、痛まし気に表情を曇らせる。


「はい。…………俺の腕のなかで。アイツは俺なんかにはもったいないくらいの、いい奴でした」

「わかりました…………。そのあたりも踏まえて、もう一度・・・・お話をお伺いしましょうか?」


 キラリと目を光らせたセリーナ嬢に、エリックもアルガスも二の句を告げられなくなっていた。

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