第7話「『鉄の拳』は、からくも脱出する」

「ドラゴンは?!」

「来てねぇ! 上手く行ったぜッ」


 わき目もふらず遁走を開始したエリック達。


 後方の様子が気になったが、振り返っている暇も惜しい。


「ちょ、ちょっとまってよ……! 息が……!」

「はぁ、はぁ、はぁ……!」


 徐々に遅れだす後衛の女子二人。


「チッ! 休んでる暇はねぇぞ!」


 居丈高に声を荒げるアルガスだったが、

「な、何よ、その言い方! 誰のせいで……!」

「そうですよ。アナタたちにバフをかけるだけでこちらは精一杯なんですから!」


 サティラもメイベルも、アルガスの言い方にはさすがにカチンときた。

 前衛を張る二人のために、定期的に補助魔法をかけ続けなければならないため、後方の二人の体力も魔力も常に減り続けているのだ。


「んだ~! いつもそんなにへばってねぇだろうが!」

「アルガスよそ見をするな!!」


 唸り声をあげて突っ込んできたケルベロス。

 その一撃を危うく躱し、なんとかカウンターを叩き込むエリック。


「うぐっ! け、ケルベロスが出るなんて聞いてないぞ! なにを調べてやがった、ルビ───」


 ルビンを罵ろうとして、アルガスは不意に口を噤む。


「ルビンはもういない! 俺たちだけでやるんだ!」

「わ、わかってるっつの!……おい、補助が切れたぞ」


 急に足が鈍くなったのを感じてアルガスが背後の二人に怒鳴り散らす。


「はぁはぁはぁ……。だから、常時かけっぱなしじゃ私達ももたないよ」

「少し、休みましょう───げほ」


 魔力の使い過ぎなのだろう。

 後衛の女子二人は真っ青だ。


「マジックポーションは…………く、ルビンのところか。あの野郎!」

「おいおい、手持ちがあるだろう?」


 エリックとアルガスは前後に別れて女子二人を収容する。


「て、手持ちなんて、とっくに使い切りましたよ! ゲホ、ゲホ!」

「持っていたら分けてください……もう、限界です」


 地面にへたり込んで荒い息をつく二人に、


「くそ! なんてざまだよ。ルビンの野郎、最後の最後まで手を焼かせやがって!」


 ポーション等の物資をルビンに預けたままなので、あっという間に困窮したパーティ。

 手元には高級ポーションがいくつかあるが、使い切ればそれっきりだ。


「アルガス、物資の再分配だ。お前にマジックポーションはいらないだろう?」

「あ゛ぁ゛!?……ち、ほらよッ」


 乱暴にポーションを投げ渡すアルガスを、非難がましい目で見るサティラ達。


「何だその目はよぉ! 俺の金で買ったポーションだぞ! 文句あるなら飲むな、すぐにヘバりやがるモヤシッどもが」


「な、何て言い草ですか!」

「そうよそうよ!」


 これにはさすがに女子二人も黙ってはいない。

 しかし、アルガスとて引き下がるはずもない。


「ふざけんな! いつもならそんなにポーションをガブ飲みしてねぇだろうが!」

「あ、アナタに掛けるバフにどれだけ負荷がかかっていると思うのですか?」

「そうよ! メイベルの回復と、アタシの『身体強化』の魔法がなければアンタなんてただのドン亀なのよ!」


「んだと、ごらぁ!!」


 仲間内で喧嘩に発展しそうになり、慌ててエリックが仲裁する。


「落ち着け、言いたいことは分かるが、今は脱出だ。それもこれも全てルビンが悪いって、皆わかってるだろう?」


 ルビンを引き合いにすればサティラ達も黙るだろうと思っていたが、ところが……。


「ルビン? アンタ何言ってんのよ! ルビンがいないからこうなってるんだよ?」

「ルビンさんは関係ありません。いえ、むしろ囮になんてするからこんなことに……」


 暗い影を落とすサティラ達。


「あ゛?! あの役立たずが居たから何だってんだよ!」


 アルガスの剣幕にも女子二人は怯まない。


「アナタはわかっていませんね……。戦闘全般を見通すのはエリックの役目でしたが、パーティの体調や地形やモンスターの傾向を読んでいたのは誰ですか?」

「そうよ! 高等教育を受けて、暗算も魔法の持続時間の計算ができるのも、ルビンだけだったじゃない! 忘れたの?!」


「ぐ……!」


 概して冒険者というのは教育レベルが低い。

 とくに、流れ者や平民出身者が多いため、最低限の文字が読めるレベルというものも多く、場合によっては文字すら読めない者もいたのだ。


 サティらやメイベルですら魔法教育をうけてはいたが、専門に特化していたため、基礎教育は疎かになっていた。


「ほ、ほんとうかよ? エリック」

「う……む……」


 エリックは認めたくなかった。


 サモナーでなくなったお荷物野郎など、自分の足元にも及ばないと……。


 元貴族だか何だか知らないが、お高く留まりやがってと、腹の底では嫌っていた。


 それは平民出身という自分の出自ゆえの嫉妬ではあったが、貴族であることや知識などを鼻にかけないルビンの態度もまたそれに拍車をかけた。


 だから、ルビンが【タイマー】になった今。

 エリックはここぞとばかりに冷遇した。そして、パーティのメンバーもそれに同調した。


 そして、分かっていたのだ……。

 心の底ではルビンの価値というものを。


 知識と経験と冷静な眼力というものがどれほど大事かということを───。


 だから、

 だから見返してやろうと!

 俺の方が凄い・・・・・・と思い知らせてやろうと!!


 だから!!


 【タイマー】にしてやった・・・・・のだ!!


 ───なのに!!


 くそ!

「ルビぃぃぃぃぃいいいン!!!」


 バァン!! と、地面を剣で叩きつけるエリックの剣幕に茫然とするパーティ。

 冷静で物静かなエリックの激高はメンバーを動揺させるには十分だった。


「ど、どうしたんだよ?!」

「黙れッ! はっきり言う。脱出が遅れているのは、アルガス。お前の鈍足が原因だ」

「んな?!」


 その言葉にアルガスは一瞬で頭に血が上る。


「───わからないのか? お前の足が遅いから、サティラの『身体強化』が欠かせないし、その分負傷も増え、メイベルの回復が必要になる」


 うんうん、と頷くのは女子二人。

 実際、アルガスへのバフは最大の重荷となっていた。


「俺のせいだってのか!?」

「そうだ。だが、挽回はできる」


 エリックはそれだけを言うと無駄な荷物を捨て、後衛に立った。


「お前らも荷物を捨てろ。最低限の持ち物だけで脱出する。先頭はアルガス───お前の足に合わせる、言ってる意味わかるな?」


「ぐ…………」


 パーティの進行速度はアルガスに委ねられた。

 つまり、速度の言い訳はもうできない。


 不満をぶつけられるルビンもここにはもういない……。




 パーティの参謀格を欠いた状態で、困窮したSランクパーティ『鉄の拳アイアンフィスト』。


 彼等は絶望的な状況から、ボロボロになりながら、荷物を全てを失いからくも『地獄の尖塔』から脱出を果たした……。

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