第6話「【タイマー】は、ドラゴンを倒した」

 ズゥン…………。


 地響きを立てて伏したドラゴンの遺体。


 ルビンはその腹から這い出すと、鱗の上に腰かけ息をつく。


「ふぅ……文献通り一撃だなんて、驚いた」

 不意にチリィン♪ となるキウィの首輪。


「やったよ、キウィ……」


 グイっと汗を拭いつつ、慈しむように首輪を眺めたルビン。

 その中にあるのは、ドラゴンを倒した爽快感でもなく、勝利への渇望でもなかった。


 あったのは、後悔。

 ただ、ただ後悔……。


「もう少し……。もう少し早くこの能力に気付いていれば……!」


 キウィは死ななかった。

 そして、仲間を失うこともなかった。


 だけど、

 この能力に目覚めた今ならもしかして───……!


「エリッ───」

 駆け出そうとしたルビンの脳裏に言葉が蘇る。


 次々と……。

 次々と───。


 ──「せめてもの情けだ。家には見舞金を送っておいてやるよ」

 ──「せいぜい時間を稼げや! 骨くらい拾ってやるぜ」

 ──「ごめんね、ルビン」

 ──「いえ、賢明な判断です───……確実な方法はひとつだけ、」


 次々と、何度も繰り返しフラッシュバックする仲間たちの声。


「う…………」


 こみ上げてきた吐き気。


 ──「恨むなよ……。【サモナー】として使い物にならなくなった時点でお前を捨てても良かったんだ」


「うげぇ!!」

 それに逆らわずに思いっきり吐き出す……。


「はぁ……はぁ……」


 くそ…………!!


「……エリック!」


 皆の言葉が、エリックの言葉がルビンをむしばむ。

 そして、



 チリィン……♪



「キウィ…………」


 腕の中で死んでいったキウィを思い出す。

 最後まで優しく、ルビンを助けてくれたあの愛らしい召喚獣を……。

「うぐ……くぅッ」

 涙ぐむルビン。

 不意に彼に頬を舐められたような気がした。


「そう、だよな……」


 もう、たもとは分かったのだ───。


「今さら、元の鞘にはおさまらないよな……」


 キウィが殺された瞬間が何度もフラッシュバックし、

 そして、何度も何度も仲間たちの冷たい視線が脳裏に蘇る。


「……わかったよ、キウィ。俺は───俺はもう一度自由に生きてみるよ!」


 かつて、誰ともパーティを組んでいなかった頃。

 【サモナー】としてキウィを呼び出し、二人で冒険者の新人をやっていた頃。


 あの日々をもう一度……。


 一人の戦士として。

 ただの冒険者として。

 ルビンとキウィだけの……。


「───だけど、ケジメはつけよう。なぁ、そうだろ? エリック……アルガス、サティラ、メイベル」


 一度瞑目し、ルビンはゆっくりと目を開けた。




「俺は帰るよ───……」




※ ※




 ダンジョンを脱出することを決心したルビンだが、問題は山積みだった。


「2階層はドラゴンだけだから危険はなさそうだけど、1階層はなー」

 危険な魔物がウジャウジャとしている中を【タイマー】のスキル『タイム』ひとつで斬りぬけらえるだろうか?


 ろくに能力の検証もしていない以上、危険極まりない。


 それに、

「いつつ……! あ、アルガスの野郎」


 腱を切られた状態では歩くのも覚束おぼつかない。

 街に帰れば上級の回復魔法で傷を癒すことも可能だが、ここでできる処置といえば荷物の中にあるポーションや薬草くらいなもの。

 そのうえ、高価な回復アイテム等のたぐいはエリック達が個人で管理していたので、ここのはないのだ。


(あぁ、そうか……)


 思えば、本当に荷物持ちとして最低限の扱いをされていたものだ。


 サモナーであった頃も、

 サモナーでなくなったあとも、


 たとえどんな時でも、ルビンは様々な場面でパーティに貢献していたというのに……。


 パーティ内で唯一、貴族出身ということで高等教育を受けていたルビン。

 その知識があったおかげで、作戦の立案や、下調べ、そして、分析など地味で見立たない場面で随分尽力していたつもりである。


 何の予備知識もないまま、ダンジョンに挑むことの危険性は今回の『地獄の尖塔』に挑んでよくわかった。いや、わかっていたはずだ。


 もちろん、このダンジョンの下調べもルビンはしていた。

 だけど、サモナーですらなくなったルビン。

 この頃になると、話をまともに聞いてくれるものは誰もいなかったのだ。

 だから、失敗したともいえる……。


「まぁいいか。とりあえず、応急処置として───あ、そういえば」


 ポーションや薬草を使おうとしていたルビンだが、ふと思いついてドラゴンの心臓を取り出した。


「……ドラゴンの血は万病に効き、生き血は傷をたちどころに治すって聞いたことがあるな」


 もっとも、ドラゴン自体が希少な魔物であるうえ、狩りそのものに成功した事例が極めて稀である。

 そのため、話の信憑性はかなり怪しいのだが……。


「ごくごく……。ぷぅ、意外と飲める───? っていうか、かなりうまいぞ」


 一瞬躊躇したものの、口をつけて飲めばくせのない味でするりと飲めてしまった。

 心臓から溢れる血はまるで生命の源の様であり…………ドクンッ!!


「ぐ…………?!」


 な、なんだ?


「か、からだが───!!」


 飲み干した直後、体が燃えるように熱くなり、全身に力が漲っていくのがわかる。


 ブシュッッ! と足の傷から血が噴き出したかと思うと、一瞬で傷口を塞ぎ、なお力が溢れてくる。

 悲鳴をあげる暇すらなかった。

 そして、筋肉が盛り上がり骨格が強化されていく気配を感じるルビン。


 その際に物凄い激痛が体を走り、おもわず倒れてしまった。

 その激痛といったら!!!


「───ぐぁぁぁああああああああああああああああああああ!!」


 あまりの激痛に勢いよく床に倒れるルビン。

 それだけで、床にクレーターができるほどで、凄まじい力が宿っているのが分かる。


 だけど───「……がぁぁあああああああああ!!」


 凄まじい激痛のため、ルビンはついに意識を失ってしまった。




 それからどのくらいたったのだろうか……。




 チリィン♪

 と、軽やかな鈴の音に意識を取り戻したルビン。


 目の前にはドラゴンの骸が変わらずあり、ダンジョンの中だと分かる。


「ぐ…………。いき、てる」


 そっと、顔を押さえようとしてギョッとした。


「なんだこれ?」


 手が……一回り大きくなっている。

 そして、少し伸びた爪は太く鋭くなっている。おまけに腕!!


 筋肉がパンパンッに膨れ上がり、肌着を破って盛り上がっていた。


「うぉ?!」


 それは全身に及ぶらしい、まるで重戦士アルガスのごとく筋肉に覆われたルビン。

 だが、それは引き締まった筋肉であり、アルガスの伊達筋肉とは異なり、よりシャープな体となっていた。


 それだけではない。

 なんだか、やたらと頭が重いと思えば、髪の毛が滅茶苦茶伸びていた。


「し、白髪?」


 黒い髪をしたいたはずのルビンだが、本の少し?気を失っている間に髪は伸び、そして、髪は色素を失ったかのように綺麗な白髪へと変化していた。


「な、何が起こったんだ?」


 ヨロヨロと態勢を崩したルビン。

 思わず、ドラゴンに体にもたれかかったのだが、べりぃ!! と、いともたやすく竜麟を剥ぎ取り、あまつさえ砕いてしまった。


「な!? ドラゴンの硬皮が?!」


 手の中でバラバラになっていく鱗。

 並みの鉄なら傷一つ付かない竜麟がまるで紙屑のようにボロボロに。しかもほとんど力を入れていない。


 これはまさか……。

「───まさか、ドラゴンの力が……?」


 文献にはまことしやかに書かれていたこと。

 ドラゴンを単身で仕留めた勇者・・・・・・・・・には、その力が宿るという……。


「こ、これが…………その力」



 ルビンは、ドラゴンの力を得て復活したらしい。



「あぁ、これなら脱出できる」


 ルビンを見捨て、囮にしたパーティを優に超える力を手に入れたルビン。

 生存しただけでなく、ドラゴンを倒し、その能力を吸収して蘇った。


 ならば、

「もう、俺は足手まといじゃないぞ───エリック」


 ふと、連中にやられた仕打ちを思い出し、暗い感情が沸き起こる。


「いや……。もう、やめよう───やり直すって決めたんだ」


 エリック

 アルガス

 サティラ

 メイベル


「復讐なんてしやしないさ……。でも、ケジメはつけさせてもらう。そして、」


 チリィン♪


「───キウィに謝ってもらうぞ……」

 必ずな!!!


 だけど、どうせ反省も謝罪もしないだろうさ。

(それでも───!!)


 ふるふると、首をふるルビン。


「ふふ……。ギルドに、なんて報告していることやら、少しだけ楽しみだな」


 殺されかけた。

 そして、キウィを奪われた。


 ならば、事の顛末はきっちりとギルドに伝える義務がある。


 そして、パーティを正式に抜け、一人でやりなおす。


「ふふふ。勇敢に死んだはずのメンバーが、ドラゴンの素材を抱えて戻ってきたらアイツらどんな顔をするのかな?」


 ふふ。本当にそれだけは少し楽しみだ。




 チリィ~ン♪




 キウィの首輪を腕に巻いたルビンは、ドラゴンの素材を剥ぎ取りにかかるのだった。

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