第7話 どうして

『血を、頂戴……』


 生き残っている〈人蚊モスキル〉の数は全てで五体。

 殺虫剤の効果で半数となったが、殺虫剤のないただの人間では一体すら敵わない。特に、血に酔ってしまった化け物相手に、ただの人間が敵う事はまずない。福留幸は例外として。

 甘かった。

 正直、夏生は勝てると思っていた。〈人蚊モスキル〉の事は十分すぎる程に調べ、自分なりに戦術パターンも分析している。だから、頭の中にあるデータさえあれば、自分一人の力でも〈人蚊モスキル〉を倒せると思い込んでいた。むしろ、分析結果が良好だったからこそ、このような第多淫な行動に出た。

 ――やはり、そう思い通りにはいかないか。いけると思ったんだけどな。

 ――でも、そうだよね。だって私は……何一つ、一人で成し得てこなかったのだから。

 ――私の功績ちからだけど、私の力ではない。


『血、血、血……っ』


 血に酔った虫の目が、点々と光る。日が沈みかけ、まだ暗いといえない今でも彼らの赤い目は電灯のように怪しく輝く。

「……っ」

 強い力で腕を掴まれた。上を見上げると、真っ赤な目をした化け物が餌を前に笑っていた。ホラー映画の方がまだマシな絵になる。

 ――それ程、この血は危険って事なのね。

 もし彼らが〝スペシャル〟な血を飲んでしまったら、どうなるのだろうか。

 麻薬のように、廃人となるのか。それとも、凶暴化するか。または、さらなる進化という場合も――。

『待ちなさい、お前達』

 理性が飛んだ仲間達をカレンがたった一言で止めた。

 今まさに襲いかかろうとする仲間達を退け、カレンは真っ直ぐ夏生の元へと向かう。

『おかしいわね。貴女の匂い、とても甘美で、魅惑的だけど……、どうしてかしら? 〝貴女からはスペシャルな魅力は感じない〟』

「……っ」

 夏生は、絶句した。

『どういう事よ? カレン』

『そのままの意味よ。この子は……』

 そこまでカレンが言い掛けた時。

 ナニカがカレンに向かって飛んできた。

 咄嗟に全員が反応し、『物体』を避ける。

『あっ!』

 運悪くカレンの額に直撃し、彼女は顔を抑えて膝を折った。

 彼女の傍で、石が転がる。

 ――石? 一体誰が?

 ――それに、今のは私でもはっきり見えた。避けられない速度でもなかったのに、どうして、この女は……。

 その問いは、すぐに解決した。

 カレンの足下には、彼女の『仲間だったモノ』があった。

 あのまま全員が避ければ、『仲間だったモノ』に石が激突し、さらに形を失うだろう。割れたガラスの破片を踏みつければ、さらに粉々になり――破片とも呼ばれないように。

「仲間の死骸を護るために、自ら盾になったんですか?」

『何よ! 貴女には関係ないでしょう!』

 カレンが赤くなった額を抑えながら、夏生を睨み付けた。

『死んでいる事も、生き返らない事も、分かっている。だからといって、これ以上、傷つけていい理由にはならない』

 どうして――。

 ふいに、夏生の脳裏に、自分の目の前で自ら死を選んだ病弱な〈人蚊モスキル〉の姿と――


 ――『……ま、ないで……』

 ――『お姉ちゃん……お願い……まないで』


「……っ」

 何で、あの子が出てくるの!

 あの子は、こいつらとは違う! 一緒なんかじゃない!


 なのに、どうして――。


『カレン!』

 彼女の仲間の声で、夏生は我に返る。

 同じように、夏生の周りに投石が次々と投げ込まれた。それは、カレンの接近を許さないように、ちょうど夏生とカレンの間に並ぶ。

「もしかして、これ……」

 夏生が淡い期待を抱いた時。次々に〈人蚊モスキル〉の小さな悲鳴が漏れた。

 全員の顔に石がぶつけられ、カレンと同じように怯んだ一瞬のスキ――風に乗ってホストの匂いを感じた。


「まったく。こんな所にいやがったのか」


 驚愕して動けないカレン達の前を素通り――彼は笑う。

 濃い緑の隊服をマントのように翻し、年中サングラスをかけた男は夏生の前に立つ。

 その登場はさながら戦隊ヒーローの如く、小気味よく、颯爽としていて――、


「ジェット、さん……?」


 かっこいい――、と思ってしまった。

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