第4話 狩りの後

 八月二日。朝、八時四十五分。


 《殺虫隊さっちゅうたい・特別班》のアジト。

 何年も使われていない窓は閉め切られ、窓本来の目的を失っている。完全なる密室のせいか、息苦しい。

 ――いや、息苦しいのは空気じゃない。今の状況のせいだ。

 部屋の中央に位置するソファに、福留幸ふくとめさち相須あいすジェットが二人並んで腰かけ、向かい合う形で深海藍ふかみあおいが座る。

 美男美女である幸とジェットが並ぶと、本当に絵になる。

 男物の隊服を着ているが、幸は外見だけを見れば美人の類に入る。声も男のような言葉遣いとは裏腹に、声優志望なのでは、と思う程のアニメ声であり――、本当に羨ましく、そして勿体ない女だ。

 また、ジェットは外見こそ新宿のナンバーワンホストだ。常にサングラスをかけているため、素顔は見えないが、きっと美形に違いない。きつい香水も、彼の格好を見れば納得出来る。

 しかし、それは彼らが通常の人間ならばの話だ。

 『壊し屋』と呼ばれ、仲間内からも恐れられる福留幸は、〈人蚊モスキル〉を狩る事が娯楽であるように高笑いしながらバズーカ砲をぶっ放す、破壊に心を奪われた――異常者だ。彼女の通った後は灰も残らない。自分達が世界の支配者であり、地球が自分の物だと思い込んでいる人間の残酷さを絵に描いたような存在であり――、正直、藍は〈人蚊モスキル〉よりも彼女の方が恐ろしく感じた。

 相須ジェットも、外見こそホストだが中身は人類の敵である『蚊』をペットとして飼う――よく分からない人間だ。

 その二人が藍という通常の人間を凝視している。一人は狩るような目で、一人はサングラス越しに――。

「暇だな」

 部屋の沈黙を破るように、幸が呟いた。それに対し、ジェットが相槌を打ちながら返す。

「ッスね」

「あれっきり、〈人蚊モスキル〉達も襲ってこねえし。つまんね。こいつ囲えば、ひっきりなしに襲ってきて、もっと面白い展開になるかと思ったのにー。超退屈」

「それが理由っスか。いっその事清々しいっスね。大体、あんな一方的な戦い見せられたら、いくらなんでも戦意喪失しますよ。ここら一帯の〈人蚊モスキル〉全部、班長が昨夜葬ったんじゃないッスか? ホント、後片付けが大変だった。あー、眠い」

 相変わらず、幸とジェットはゆるい会話を繰り返す。てっきり昨夜勝手に建物の外に出て、そのせいで複数の〈人蚊モスキル〉に襲撃された事を責められるかと思っていた藍にとって、二人の態度はやはり異常だ。

 昨夜、ジェットが一体の〈人蚊モスキル〉――斉藤さいとうレックスを駆除した後、彼から「今日は遅いから、お前はもう部屋で寝ていろ」と言われ――、このまま残っても、いつ『壊し屋』の被害に遭うか分からないため、藍は大人しく彼に言葉に従った。


 そして――、朝に至る。


 一晩中、幸は戦いあそび、ジェットはその後の片付けをつい数時間前まで行っていたらしい。

 幸は戦うだけ戦い、破壊の限りを尽くした後、「あと、よろしく」とだけ言い残し、アジトのソファで寝ていたらしい。ジェットが反論する暇もなく、彼女は深い眠りについてしまい、仕方なく彼女の言う通りに仕事をこなしたそうだ。彼の目を直接見る事は出来ないが、心なしかげっそりしているような気がする。

 今朝、起床した藍が目撃した光景はソファで熟睡していた幸と、疲労でぐったりしているが時間的に眠る事は出来ないという拷問に近い葛藤をしているジェットの姿だった。眠たいのだが眠ったら確実に起きられなくなるから、起きていよう――、といったところか。

 逆に、暴れるだけ暴れて、その処理を全て部下に押し付けて熟睡していた幸はお目覚めバッチリのようであり――、

「そういやぁよぉ」

 唐突に、幸が言った。

「俺は楽しめたから特に問題ねえけど……お前、何であんな夜中に外に出たりしたんだ?」

「それは……」

 当然の質問だ。

 が、藍が何か言おうとした時――


「おっはようございます!」


 語尾にハートマークすら飛びそうな明るい声で、三枝香恋さえぐさかれんが事務所の扉を開いた。一体いつ出勤したのか、昨日と同じ女物の黒スーツ姿の香恋は三人分のコーヒーが乗ったトレイを両手に持ちながら、幸の隣に移動した。

「聞きましたよ! 昨日、〈人蚊モスキル〉の襲撃があったんですって? 大変でしたね。大丈夫でしたか?」

「あー、全部倒した……班長が」

 ジェットが答えると、香恋はその答えが予想通りだったように苦笑した。そして、さり気なく全員の前にコーヒーを差し出した。

「おう、有難い。昨日のアレのせいで眠くてしゃーなかったんだよな」

「そうかと思って、ブラックにしておきました。あ、藍ちゃんもブラックで良かった? 砂糖とかミルクもあるけど。それでも足りないなら、お姉さんが甘くなる魔法を注入して……」

「だ、大丈夫です」

 この間の一件もあり、藍は曖昧に答える。

 香恋からコーヒーを受け取ると、手に少しの熱を感じた。通勤してすぐに淹れてくれたのだろう。こういう気遣いが彼女の女子力の高さを表している。少しは幸も見習ったらどうだ――、と正面の彼女を見ると、豪快にコーヒーを飲み干している幸の姿が目に入った。熱さなど全く感じていない様子で、幸は空になったコーヒーカップをメイドのように傍に立つ香恋に無言で渡した。

 そして、「ありがとう」とかないのか――。

 この環境に未だに慣れていない藍は、幸の態度に良い印象は抱かない。しかし、文句を言う勇気もなく――、何より、その事を微塵も気にしていない様子でニコニコと微笑んでいる香恋を見ると、嫌な感情は消えてしまう。

「それにしても、凄いですね。よく襲撃があると分かりましたね」

「〝幽霊隊員〟のお蔭でな」

「幽霊?」

 幸と香恋の会話に介入するつもりはなかったが、つい藍は訊き返す。 

「ほら、学校の部活動とかでいるだろ? 入部はしたけど全然参加しない奴。名簿に名前あっても、部員の誰からも認識されていない幽霊みてぇな奴」

「あー、幽霊部員の事ですか?」

「そうそう。レイって、仕事はキッチリやっているけど、一度も顔見せねえし。だから、幽霊隊員」

「仕事やっているなら幽霊じゃないような気が……」

「いねえんだから、幽霊みてえなもんだろ」

「でも、仕事はやっているんですよね? なら……」

「俺が幽霊だって言ったんだから、幽霊だ」

「……」

 助けを求めるように、ジェットと香恋を見るが――ジェットはまだ眠気が残っているようで下を向き、香恋は苦笑するだけだった。

 ――班長様には、逆らえない、か。


 それにしても――。


 ――〝変〟なの。


 藍には、一つの疑問があった。しかし、他の者は一切その事に気にしていない。ならば、それは藍だけが不思議だと感じる事であり、ここの人間には普通の事なのかも知れない。現に、ジェットや幸の態度に対して、彼らは何とも思っていない。ならば、彼らにとっては当たり前であり、〝常識〟なのかも知れない。その事を追及して、幸に「何を当たり前な事を」と、バカにされるのが嫌だった藍は自分の中で話題を終わらせるように、まだ熱いと感じるコーヒーカップに唇を近付けた。


       *


 その日の午後。

 深海藍ふかみあおいが特別班に滞在してからちょうど一日が経過しようとしている。昨日の、今より数時間後に藍は保護を目的にここへ辿り着いた。

 〈人蚊モスキル〉を誘引する香りを持つ特殊な血液型――〝S型〟。

 それが体内に流れている希少な人間である藍は、常に〈人蚊モスキル〉に「餌」として狙われている。《殺虫隊さっちゅうたい》の保護下にある全寮制の有名私立学校に席を置いているからこそ無事だっただろうが。


 ――案外、平和なんだな。


 学院の外へ出たら、きっと餌に群がる虫の如く〈人蚊モスキル〉が集まり、休む暇もなく襲われる日々が待っていると思っていた。また、そういう警戒心が通常である藍にとって、この平穏はかえって不自然だった。

 襲われたのは、昨夜の一件のみであり――、昼は勿論、早朝も外敵の気配すらない。元々〈人蚊モスキル〉が夜行性であるせいでもあるが。

 保護を望んで訪れたが、こうも平和だと拍子抜けしてしまう。

 その大きな原因は、福留幸ふくとめさちの存在である。

 彼女は本当に同じ人類か疑う程の〝脅威〟を持っている。一切のスキもなければ、躊躇もない。同じ人間でも、大多数が彼女に恐れを抱くだろう。


 躊躇なく化け物を一掃する班長と、化け物の命すら尊重する隊員――。


 正反対の二人の姿を思い浮かべ、藍は安堵とも呆れとも言えない溜め息を吐いた。

 場所は、同じく広間。食事や掃除などの家事全般を強制的にやらされているが、人数も少なければ、狭い敷地内では掃除する場所も限定される。電球や本棚の上などの細かい箇所にまで手を出す気はなく、日常生活に問題ない程度の清掃が完了してしまえば、手が空いてしまう。特にやる事もなく、こんな事なら勉強道具でも持ってくれば良かった。

 と、その時――、ジェットが外へ出る姿が目に入った。

 先程、自室で仮眠をとると言っていたのだが――。ふと時計を見ると、二時間が経過している。昨日から寝ていない彼の体調を考えると、もう少し眠っていてもいい気がするが、彼らにとって今は勤務時間だ。

 ――意外に真面目なんだ。

 幸は机の上に足をかけた姿勢で雑誌を読み、香恋は事務作業があるらしく、つい数分前に席を立った。無言の部屋の中、聞こえるのは幸がページをめくる音くらいだ。幸と二人きりで沈黙の部屋の中にいるのは居心地が悪く、藍は逃げるようにジェットの後を追った。


       *


 あおいがジェットを追うと、少しだけ開けた場所に出た。

 アジトからそれ程場所は離れていない。人が入り込まない山の奥のため、少し道を外れればすぐに雑木林に入ってしまう。

 そして、雑木林の中心部。多くの膨らみのある土を前に、ジェットは膝をついた。

 「斉藤さいとうレックス」。使用済みの割り箸の半分に油性マジックで名前を書いたジェットは、それを少し膨らみのある土の上に刺し、祈るように手を合わせる。小さなペットの死を嘆き、簡単な墓石を作った幼い子供のように。

 ――お墓?

 土の膨らんだ箇所にはそれぞれ名前の書かれた割り箸が刺してある。昨夜の彼の名前が書かれているという事は、全てジェットやさちが処理した虫の墓という事になるが――、

 ――自分で殺しておいて、何でそんな事を……。

 出て行く事も出来ず、藍が木の影から彼を観察していると、ジェットが腰を上げた。

「で? いつまでそこにいるつもりだ?」

「……っ」

 まさか気付かれると思わず、動揺のせいで枯れ葉を踏む音が大きく響いてしまった。これでは自ら居場所を教えているようなものだ。

 観念した藍はジェットの元へ進み、数メートル離れた地点で止まる。

「気付いていたんですか?」

「気付かれていないと思ったのか?」

 遠慮がちに言う藍の声に、ジェットは振り返らずに問い返した。

「すみません」

「別に責めているわけじゃねえよ。つうか、何でお前ここにいるんだ? 昨夜の事もあるし、あんま出かけねえ方がいいじゃねえの? いくら〈人蚊モスキル〉が夜行性っていっても、安心は出来ねえぞ」

「ジェットさんが出て行くのが見えて……」

「それで気になってひょいひょいついて来た、ってか?」

「そんなところです」

 簡潔に答えた藍はジェットの前の〝物〟へと視線を移動させる。

「これは……お墓、ですか?」

「あ、ああ。そんなところだ」

 地面に刺さった割り箸に書かれた名前に注目し、藍は怪訝そうに眉を潜めた。

「斉藤レックスって……。昨日の〈人蚊モスキル〉ですよね?」

「ああ」

「もしかして、昨日の〈人蚊モスキル〉全部を?」

「なわけあるか。名前知らなきゃ、ちゃんと眠らせてやる事も出来やしねえ。名前分かった奴と、まだ身体があった奴だけだ」

 幸の放ったバズーカ砲によって四肢がばらばらになり、全てを回収する事は出来なかった。その点においては説明されずとも理解した藍は「そうですか」とだけ答えた。

「でも、何でお墓なんて……」

「〝相手は虫ですよ〟、てか?」

 図星のため、藍は黙った。

「それでも、生きていたんだ。だったら、ちゃんと供養してやんなきゃ可哀そうだろ。殺人犯だって、ちゃんと遺体は処理する。殺してそのまま放置なんてしたら、俺達は完全犯罪を狙っている殺人犯以下だぜ?」

「殺人犯と比べるのはどうかと」

「ちゃんと供養してやらないと……。お盆、近いし」

「化けて出たりしないと思いますが……」

「〈人蚊モスキル〉のゾンビなんて、最強じゃねえか」

「ゾンビにもなりません」

「除霊しようとしても、無駄だからな? なんせ、仏教が渡来する前から生息していたんだ。お経とか通じねえからな!?」

 そういう問題なのか……。

「キリストが生まれる前に既に生息していたらしいから、きっと十字架も意味ねえ。一体、どうやったらお祓い出来るのか……」

「だから、出ません。いい大人が幽霊とかゾンビとか信じないで下さい。あと、ジェットさんの認識は色々と間違っていると思います」

「うるせえ。分かってんだよ。どうせお前らは、〝自分で見たものしか信じません〟とか言うんだ。でも、霊感ある奴しか見えねえから、確認出来ねえし。仮に目撃情報あっても、どうせ信じねえし。ヤラセだ何だって騒ぎ立ててアンチするんだ。ネットの掲示板とかでいじめ倒すんだ。世の中には科学だけじゃ説明出来ない事がいっぱいあるんだからな!」

「ちょっと待って下さい。本気で幽霊信じていたんですか?」

「何だよ? その可哀そうなものを見るような目は?」

「いえ、別に。深い意味はありませんから」

 彼は少しだけムッとしたが――、すぐに少しずれたサングラスを片手で戻し、再び墓に目を落とした。

「知ってるか? 人間の歴史は、戦争の歴史なんだぜ」

「え?」

「国境を線引きして、人種を線引きして……色んな理由で人間は“違う奴ら“を線引きして、戦争を繰り広げる。その時代の政治や偉い奴ら同士の因縁とかもあるかも知れねえが、身体を張って戦うのは、いつだってその国の民だ。そして、戦って、勝って、負けて、また戦って……その繰り返しだ。人間の戦争に、終わりは見えねえ。いつの時代もな」

「それは、人類と〈人蚊モスキル〉の戦争について言っているんですか?」

 〈人蚊モスキル〉を快く思っていない藍からすれば、〈人蚊モスキル〉と一緒にされるのはひどい侮辱である。

「まさか。同族同士で争っているのなんて、せいぜい人間くらいだ。一緒にされちゃ、アイツらに失礼だろ。〝狩り〟と〝殺戮〟の違いも分からないような奴らと一緒にされちゃ、な」

「違い?」

 そこで、ようやくジェットは藍を振り返る。

「狩りは手段だ。自分達が生き残るためには、狩らないと生きられない。相手に同情すりゃ食われるし、殺らなきゃ逆に殺られる事だってある。自然界は残酷で、仲間の屍食ってでも生きなきゃいけねえし、単数の相手に複数で袋叩きしなきゃいけねえ時だってある。自分より立場の弱い奴や生まれたばかりの赤子を襲って、食べて、食べて、食べて……。そうやって、生きていく。綺麗なまま生きられるのなんて、せいぜい人間くらいだ」

 これは、獣に限った事ではない。人間も、肉を、魚を食する。小さな子供でも、間接的に狩りに参加している事になる。その対象が植物でも同じだ。食べるために育て、やがては狩る。

「犠牲の下に生き、犠牲なしでは生きられない。それは、人間も、〈人蚊モスキル〉も、全ての生き物が同じだ。草を食った奴が獣に食われて、獣喰った奴が別の何かに喰われる。そして、また喰って、喰われて……血になり骨になり、最後は朽ちて土に還る。それが、自然の摂理って奴だ。

 だが、殺戮は違う。あれは、手段じゃねえ。食べる事が目的でも、生き延びる事が目的でもない。理由のない戦いは暴力と同じで、幼稚で下らねえ。俺はあんな連中と一緒にされたくねえし、なりたくもねえ」

「ジェットさんは、〈人蚊モスキル〉と和解でもしたいんですか?」

 思ったよりも棘のある口調になってしまった。歳の割に大人びていて落ち着いているとよく言われるが、今日の藍は違った。彼の言葉を聞く度、抑え込んでいた感情が飛び出し、つい責めるように返してしまった。

「無理ですよ」

 藍は一蹴する。

「〈人蚊モスキル〉は害虫です。人間にとって害でしかない。それ以外は、絶対にあり得ない。そういうものなんですよ」

「そう、あってほしいのか? お前の言葉は、〈人蚊モスキル〉が敵であってほしいみたいだ」

「あ、当たり前じゃないですか! 〈人蚊モスキル〉は、人類の敵です。敵でなければいけないんです!」

「いけない、ね……」

 無意識にジェットは責めるような言葉を藍にぶつける。それが余計に藍が殺していた感情を呼び戻すのだが、それを知らないジェットは続ける。

「俺は、〝変わらないもの〟なんてねえって思うけどな」

「……」

「人も歴史も、思考も……。必ず〝変化〟は訪れる。変わらない事が良い事なのか、変わる事が良い事なのかは分からねえ。〝変わらないね〟と言われる事と〝変わったね〟と言われる事は、どっちが褒め言葉なのかは分からねえ。だけど、俺は〝変化〟が正しいと思う」

 変わらない事は、成長していないという事なのか。

 変わらない事は、無垢であり続ける事なのか。

 それは分からないけど――。そう付け足した後、彼はさらに続けた。

「だからさ、いつか〝憎しみ〟も別のものに変わるんじゃないのか?」

「ジェットさんは、〝憎しみ〟もいつかは消えるって言いたいんですか?」

「ああ」

 そう答えたジェットの次の言葉を待たず、藍は怒鳴るように叫んだ。


「じゃあ、何で《殺虫隊》に入ったんですか!?」


 頬を切るような威圧感が、藍の口から飛び出す。

 最初は抑え込んでいた感情が、彼の一言でいとも簡単に飛び出した。両肩を震わせ、固く拳を握り――目尻に涙を浮かべながら。

「そう簡単に、憎しみを捨てる事なんて出来ない……! そんな簡単に捨てられるものなんて、憎しみじゃない!」

「おい、藍……」

 ジェットが宥めようとした言葉を遮り、藍は感情のまま叫んだ。

「私の家族は、〈人蚊モスキル〉に殺された!」

「……っ」

 ジェットは、絶句した。しかし、知らなかったわけではない。その事をすっかり忘れていた様子で、サングラス越しの彼の目が罪悪感と驚愕に染まった。

死骸ゴミになる寸前まで血を吸い尽くされて! 嬲るように、アイツ等は! どんなに人間を真似たって……、〈人蚊モスキル〉なんて、ただの化け物です!」

 息を乱し、藍はジェットを睨む。

「全部、〈人蚊モスキル〉のせい! 全部、全部、〈人蚊モスキル〉が悪い! あの子も、私も……全部〈人蚊モスキル〉のせいで……あんな化け物……っ」

 言葉を遮るように――、ジェットは藍の頭に手を置き、引き寄せた。

そして、たった一言――、ジェットは言う。


「悪い」


 その一言にどれだけの力があったのか分からないが、何故か全ての力が抜けてしまい、藍は泣き崩れるようにジェットに体重を預けた。

 泣きじゃくる幼い子供をあやすように、ジェットは藍の頭を軽く数回叩く。

「悪かった。ちょっと無神経だった、って思う」

「今更、ですよ」

「ああ」

「ジェットさんは、何も分かってない」

「だから、悪かったって」

 本気で悪いと思っている彼に、これ以上何も言えず、藍は何事もなかったように目を擦り、やがて彼を見上げた。

「あの、一つ訊いてもいいですか?」

「何だよ?」

「ジェットさんは、どうして《殺虫隊》に入ったんですか? そこまで命を重んじているのなら、《殺虫隊》のような仕事は自分の信念とは反する行為なんじゃ……」

「俺は、別に好きでここにいるわけじゃねえ」

「え?」

「あ! でも、今は結構好きかも。やっぱ、今のなしで」

「何ですか、それ?」

 呆れたように藍は唇を尖らせる。その話題はここまでにして――、ジェットはもう一度藍の頭に手を置いた。

「そう心配するな。この戦いは、もうすぐ終わる」

「え?」

「人類と〈人蚊モスキル〉の戦争は……近い将来、必ず決着がつく。俺がいる限り、絶対に」

 それは、断言だった。「かも知れない」でも、「そうだといいな」でもなく――、ジェットは未来を予言するように言った。



 子どもが自己満足のために作る小さなペットの墓のように、膨らんだ土とそれに刺さった割り箸が点々と並ぶ、不気味な雑木林の中――、藍とジェットは肩を並べて歩く。

 少しとはいえ目の前で泣いてしまい、正直ジェットの顔をまともに見られないのだが。当のジェットは特に何とも思っていない様子で、「先に帰れ? お前、また〈人蚊モスキル〉に襲われたらどうする気だ?」、「落ち着くまで待っていてやる」――、と優しいのだが、今の藍には酷な言葉を返してきた。

 あまり見てはいけないと思うが、どうしても気になり、時折、藍は彼の顔を盗み見る。しかし、やはり何とも思っていない様子で、彼は藍を見向きもしない。それはそれで何か腹が立つ。

「おい」

 その時、ようやくジェットの視線が藍に注がれた。

「今更だけど、お前って……S型なんだよな?」

「本当に今更ですね。私はS型です。だから、ここに保護してもらっているんじゃないですか」

「だよな」

 ――何だろう? 

 何だか含みのある言い方だ。S型だから何だというのか。

 うーん、と藍は唸る。が、既に彼の中でこの会話は終了しているのか、藍を視野の外へと追い出したジェットは独り言を呟くように言った。

「あー、腹へったな」

 そうジェットが呟いた時、茂みが動いた。

 すぐにジェットは前に出て、藍を背に隠した。そして、ジェットが応戦しようと身構えると、茂みから若い娘が倒れるように飛び出してきた。突然の事に藍もジェットも受け止める事が出来ず、彼女は両足がもつれて地面に倒れた。

「あ……大丈夫か?」

 ジェットは手を貸そうと彼女に近付いた。その彼の後ろから藍は彼女を覗き見る。

 大きな帽子を深く被っているせいで顔ははっきり見えないが、具合の悪そうな女性だ。身体つきも肉がないのではないかと思う程に細く、ワンピースの袖から伸びる腕は病的に白い。

 よく見ると、彼女は薄いワンピース一つであり、上着もなければ靴も履いていない。

「す……すみません。ありがとうございます」

 やはり具合が悪いのか、息が荒い。

 ――それにしても、こんな場所に若い女性がこんな恰好でいるなんて……。

 ――何か、事件にでも巻き込まれたのかな?

「おい、あんた。どうしたんだ? こんな所で。雑木林を裸足で歩くと危ねえぞ。買った魚でも野良猫にとられたのか?」

 いや、この人はただのバカだ。

「いえ。私は……夫を探していて」

 絞り出すような声で彼女は言う。

「昨晩から帰ってこないんです。私、危ないって止めたのに。相手は一人だから数で攻めれば大丈夫だ、って。独り占めしないで、少し血を分けて貰うだけだから、って。だから、絶対に他の子達と争ったりしない、って。夜明けまでには戻るから、お前は何も心配するな、って」

 徐々に、彼女の声が掠れていく。泣いているのか、地面には幾つもの水滴が落ちた。

 しかし、彼女が喋る度、藍の違和感は増していく。

 ――血を分けて貰うって……どういう意味?

「だけど、やっぱり帰ってこなくて! だから、あの人の匂いを追ってきたの。なのに、どうしてなの? どうして……土の中から彼の匂いがするの?」

 と、その時――一際強い風が吹き、彼女の帽子が浚われていった。白い帽子が青い空の果てに飛んでいく様は絵になるのだろうが、生憎今の藍に、その余裕はない。

 赤。

 真っ赤な、両の瞳。人間でいう黒目の部分が赤一色で塗り潰された、赤い目。


 真っ赤な瞳に、透明な翅。


 〈人蚊モスキル〉の特徴であり、それを見た途端人間は逃げ出す。しかし、昨夜と違い、藍は全く恐怖を感じなかった。その理由は頼もしい『殺虫隊』の男が傍にいるからではなく――、相手が〝彼女〟だからだろう。

 今にも倒れそうな程に弱った彼女は、人間の子供にも簡単に負けてしまう。

『ゆる、さ……ない。あな、た達……敵!』

 ふいに、昨夜の男の言葉を思い出す。


 ――『つ、妻がいるんだ。身体が弱くて狩りに行けないんだ』


 ――まさか、斎藤レックスの言っていた妻?

 そんな身体で、わざわざ旦那の仇を討ちに来たというのか。

 彼女は純粋な憎しみを藍とジェットにぶつける。夫を殺された、憎しみ。愛する男を奪われた、果てのない悲しみ。その二つを背負って彼女は、病の身体を引きずって仇の前に現れたのだ。

 その気持ちは、分からなくでもない。そして、分かるからこそ藍はあえて彼女に言う。

「だったら、何だって言うんですか」

「藍?」

 ジェットの後ろにいた藍は、そこから動かない。しかし、視線だけは真っ直ぐ彼女に向ける。

「旦那が殺されたから、何だっていうんですか。そんな身体で、何が出来るっていうんですか? ただの犬死にじゃないですか」

「おい、やめろっ!」

 ジェットの制止の声を無視して、藍は言う。

「だって、そうでしょ!? 感情で動く程、世界は優しくなんかない。願えば、応えてくれる程、世界は単純じゃない。どんなに憎んだって、それが力になるわけじゃない。本当に、仇討したいのなら……一時の感情で動くだけじゃダメ。その想いを糧に、まずは生きなくちゃ。じゃなきゃ、仇討だって始まらない。生きた上で、自分のすべき事を考えなきゃ……。世界は、みんなが思っている程、優しくもないし……その場の勢いで変えられる程、簡単でもない」

『だ、黙れっ! 貴女に、何が分かる!? 愛する男を失った悲しみを! 痛みを! 憎しみを! 貴女なんかに分かって、たまるか!』

「貴女こそ、家族を奪われたのが自分一人だけだなんて思わないで下さい」

 自分でも驚く程、藍の言葉は冷たかった。藍自身、自分の声に驚いた。

 おそらく彼女は、それほど好戦的な相手でもなければ、人間を軽視しているわけでもない。彼の話を信じると、彼女は病弱であり、子供一人満足に生む事が出来ない。だからこそ、彼らにとって最高の食材であり、最高の漢方薬でもある〝S〟を求めた。

 そして、弱いからこそ人間をただの糧として見るのではなく、自分を殺せる可能性を持った脅威として認識している。

 彼女の殺意が宿る目に、時折見える恐怖心がそれを証明している。

「あのさー、一つ質問してもよろしいでしょうか?」

 一触即発の空気にはひどく場違いな声で、ジェットが二人の間に割り込んだ。正直、空気読めよ、と心の底から思った。

「お前らの理由は言い分もよく分かった。誰だって大切な人は愛おしくて、それを奪われたらすっげぇ痛ぇし、相手を憎む気持ちも分からなくはない。けどさ、その理屈だとさ、お前ら、〝母ちゃん殺されたから〟って襲いかかってきたガキに、大人しく命くれてやるわけ?」

「え……っ」

『……っ』

 両者ともに、黙った。対するジェットは、相変わらずゆるい態度で続ける。

「だって、〝仇〟なんだろ? なら、それは相手だけじゃなくて、自分にも当てはまるわけだろ。親を奪われた可哀そうなお子様に、納得して殺されるのか?」

「そ、それは……しない、と思います」

 藍に続き、彼女も無言で頷いた。

「それって、矛盾してないか?」

「だって、その子と私は関係ないじゃないですか。私が殺したわけじゃない。人間って一言で言われても、いっぱいいるわけですし……」

 言いかけて、藍は自分の矛盾に気付いた。

 藍の憎しみは、〈人蚊モスキル〉全てに向かっている。福留幸のような殺意と娯楽が混じった理由ではなく、藍は純粋に家族を殺された憎しみによって〈人蚊モスキル〉を恨んでいる。肉親を殺された、という正当な理由を持った自分には仇討の資格は十分にあり、もし力があればすぐにでも実行している。そして、それが間違っているとは思っていない。憎しみを「正当な理由」と認識している時点で、既に間違っているかも知れないが。

 復讐はよくないと言うが、人間相手ならともかく、相手は「虫」だ。だから、自分は決して福留幸のような異常者ではない――筈だ。

 はっきり言い切れない時点で、既に藍は自分の考えを改めようとしている。

 だから――なのかは分からないが、ジェットの言葉に反論出来ないでいた。

 彼の言葉は、正直堪えた。相手の立場になって考えろ、という言葉をよく聞くが、そもそも藍は〈人蚊モスキル〉を対等に見ておらず、比べる対象ですらなかった。

 だから、ジェットの言う事態は想定すらしていなかった。

「……」

 言い返せない。しかし、その場を誤魔化すための言い訳なら山ほど思いついた。だが、それを言ってしまったら、何か大切なものを失う気がし――、何も言えなかった。

 無言になった藍を一瞥した後、ジェットは同じく無言の彼女に言う。

「斎藤レックスを殺したのは、俺だ。俺は大人しく殺されるほど、いい子ちゃんでもなければ、善人でもない。だから、殺した。自分が死にたくないから、殺した。藍を殺されると困るから、殺した。つまり、お前にとっての仇は俺って事になる」

 そこまで言うと、ジェットは隊服の中に隠し持っていた殺虫銃を至近距離の彼女へ突きつけた。

『……っ』

「ごめん。本当に、ごめん。だけど、俺はまだ殺されるわけには、いかない」

 ジェットは昨日の夜と同じように慣れた動作で引き金を引こうとした。彼女は震えながら目を閉じた。

「ま、待ってジェットさん!」

「何やってんだ? お前」

 本当にその通りだ。藍はジェットの腕にしがみつき、彼が殺虫銃を撃つのを阻止しようとしていた。

「一応訊くが、自分が何しているのか分かってやっているのか?」

「はい」

「一応訊くが、お前、〈人蚊モスキル〉は全部敵で、滅ぶべき種だ、とか言ってなかったけか?」

「はい」

「一応訊くが……お前は、どうしたいんだ?」

「〈人蚊モスキル〉は、憎いです。だって、〈人蚊モスキル〉は、〝藍の仇〟だから。だけど、この人は、私でもある。そう思ったら、私……自分でも分からないうちに……」

 本当に何をしているのだろう。どうしたい――なんて、自分が知りたいくらいだ。どうして憎むべき相手に同情しているのか。自分と同じ理由を持っているから――なんて。そんな子供じみた理由で仇討を諦めるつもりなのか。

 ――もう自分で自分が分からない。

 藍はジェットの質問に答えられず、下を向いていた。その時、藍は彼女に無防備にも背を向けていた。なんて愚かな真似をしたのだろう。一時の感情で動くな、なんて偉そうに言っておきながら、藍は自らそれを行っていた。

 後ろから彼女の手が伸びた。気付いた時、その手は藍の真横を通り過ぎ、ジェットの銃を掴んでいた。

 すぐにジェットが片腕で藍の肩を掴んで投げ飛ばす事で、自分の後ろへと逃がした。しかし、それは藍を護るためではなかった。

「……いいのか?」

『はい』

 ジェットには彼女がしようとしている事が分かったのか、哀しそうな顔で彼女を見下ろす。対する彼女は何かを決心した様子で、抵抗する事なく受け入れようとジェットの手に自身の手を重ねた。そして、銃口に自分の胸を押し付けると、ジェットの指の上から自分自身で引き金を引いた。

 銃声音が響いた直後――緑色の液体が周囲に飛び散った。毒針といえ、銃に変わりはなく、彼女の肌を引き裂き、火薬の匂いに、生臭い異臭が混じった。

 心臓を貫いていれば、楽に死ねただろう。戸惑いがあったのか、彼女は心臓ではなく、その傍を撃ったようで――文字通り虫の息となった。

「貴女、何やっているんですか!?」

 膝を折る彼女を支えて、藍は叫んだ。苦しそうな顔で、彼女は藍を見た。もし最初から頭か心臓を貫いていれば、そこまで苦しくはなかっただろうが。

『これで、やっと……。もう、寂しくない……』

「正気ですか!? 自分から引き金を引くなんて!」

 そのわりには、とても満足そうに彼女は微笑んでいた。基本的に〈人蚊モスキル〉の外見は美しい。しかし、そういった外見的な意味ではなく、彼女の顔は美しかった。死に際には似合わない、満たされた笑顔であり、藍は余計に分からなくなった。

『あのお方の言う通りだった。深海藍。なんて弱くて、怖ろしい娘。白々しい程に……。だけど、確かに、貴女の言葉は、もっともで……憎たらしい程に正しい』

「え?」

 言っている意味が分からず問い返すが、どうやらそれが彼女の遺言だったようだ。彼女は一度だけジェットを振り返り――、

『あの人の名前、憶えていてくれた事、感謝します』

それを最後に、力なく彼女は地面に崩れるように倒れた。


 そして、雑木林のお墓に新しい墓標が一つ増えた。


 名前のない墓に、藍は手を合わせる事が出来なかった。

 ジェットが彼女の遺体を土に埋め、丁寧に埋葬している間――藍はふと思った。

「そういえば、私……あの人の名前、知らないんだ」


       *


 《殺虫隊さっちゅうたい・特別班》。

 時計がないため、正確な時刻は分からないが、日が陰ってきたところを見ると、夕方くらいだろう。

 最初は時計のない部屋でよく過ごせると思ったが、これが彼らなりの時計の見方なのだろう。山の中に勤務していれば、季節によるが太陽の動きで大体の時刻は分かる。

 常に寝て、食べて、寝て――、の繰り返しであるさちですら、今が何時くらいかは理解しているようであり、先程も「そろそろ夕飯の支度した方がいいんじゃねえのか?」と訊いてきたくらいだ。あおいとしては、こき使われているようでムッとしたが、彼女の言う通りだった。携帯電話で時刻を確認したら、既に五時が過ぎていて、そろそろ夕飯の支度をしようか――、と思い始める時間だ。

 そして、幸は五時半ピッタリにそれを言った。野生の勘かという奴なのか。その点は素直に凄いと思う。少しは自分で作れとも思うが。


 あの後――仇討に現れた〈人蚊モスキル〉が死んだ、いや殺した後。


 藍とジェットは何もなかった。本当に、何事もなくアジトへ戻り、ジェットも何事もなく二階へ帰っていった。

 不自然なほどジェットはいつも通りであり、〈人蚊モスキル〉を恨んでいる筈の藍の方が衝撃が大きかった。それは、単に、相手が自分と同じ理由で動いており、ただ気の毒に思っただけである。それも一時の感情であり、既に薄れ始めている。きっと時間が経てば、この違和感も、迷いも、消えるだろう。

 正しくは、そうあろうと努めているのだが。


 ――『あのお方の言う通りだった。深海藍。なんて弱くて、怖ろしい娘。白々しい程に』

 ――『だけど、確かに、貴女の言葉は、もっともで……憎たらしい程に正しい』


 ――結局、あれはどういう意味だったんだろう。

 確かに「あのお方」と誰かを指すような言い方をしていた。となると、彼女が藍の前に現れたのも、昨夜の一件すら、誰かが裏から手を引いていた事なのか。

 一度調べてみた方がいいかも知れない。

 何かヒントになるような言葉を思い出そうと、藍は彼女の最期を思い出す。

 満足しきった、笑顔で逝った、彼女の事を—―。

 自分と同じ理由で動いていた、彼女の事を—―。


 ――……やめよう。


 今は、彼女の事を思い出したくない。

 頭の中に浮かんだ映像を消すように、藍は乱暴に手を動かした。何かする事で、嫌な事を忘れるように。

 ――おかしいな、私……。

 ――〈人蚊モスキル〉が死んだ事が嫌な事だなんて。

 ここへ来てから、どんどんおかしくなっていく。その理由を知りながら、藍は再び目を逸らす。そして、後は盛りつけるだけとなった時、外部から妨害する足音が飛び込んできた。相手が「腹へったー」と空腹に耐え切れずに訪れた幸だったら追い返しているところなのだが――、少しきついと感じる花の香りを感じると、藍はすぐに作業を止めた。

「か、香恋かれんさん? どうか……したんですか?」

 この人と二人きりになる事は避けたい藍は、ある程度の距離を保ちながら問う。しかし、今回は〝危険な甘い雰囲気〟になる事はなかった。

「藍ちゃん! 大変なのっ」

 取り乱した様子で、香恋が言った。

「大変?」

「うん。落ち着いて聞いてね?」

「は、はい」

 そう言われると逆に不安になる。こういう時は、悪い知らせだと相場が決まっている。現に、藍はこういう場面に何度も遭遇し――、何度も困惑した。

 緊張で胸が高鳴る中――、藍の不安を煽るように、香恋は静かな声で言った。


「お姉さんが、〈人蚊モスキル〉に襲われらしいの」

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