イレーヌの悩み

「くくくっ、妾の実力がこの程度だと思ったか? 妾は武器を使ってこそ最強。受けるがいい。妾の最強の剣技を――」



 何もなかったかのようにイレーヌは剣を構える。

 ただ、かなり無茶をして持っているようで腕がぷるぷると震えている。

 当然ながら、そんな状態ではまともに剣を振るうことはできない。



 その間にマッシュロンがプニプニと自身の柔らかい体を使って、イレーヌに体当たりをしていた。



「ぐっ、その程度の攻撃が妾に通じるか」



 必死に笑みを浮かべているが、当たられた瞬間に一瞬顔をゆがめているので、しっかりダメージは受けているようだった。



「どうしましたか、イレーヌちゃん。もっとこう、ぐいっといっちゃってください!」



 マッシュロンをかじっているティナの姿を見て、イレーヌは驚きの表情を浮かべる。

 しかし、グッと覚悟を決めると小さな口を開けてマッシュロンにそのままかじりつく……前に俺が止める。



「はいはい、無理に食べなくて良いからな。ティナもそのまま食うな。こいつらは納品しないといけないんだぞ!」

「ちょっとだけですよ。ちょっとだけですから――」

「……十体はちょっととは言わないぞ。とにかくこれ以上は依頼の分を集め終えてからにしてくれ」

「はーい、わかりました。では、思いっきり行きますね」



 にっこり微笑んだティナは転がっていたイレーヌの剣を軽々持ちあげると、その一振りで周りにいたマッシュロンを一刀両断していた。



「これでいいですか?」

「あぁ、十分だ。どのくらい持って帰れば良いんだったかな」

「……一体だけですね。その代わりに魔物をそのまま持って帰ってきて欲しいみたいです」



 ココが依頼書を確認しながら教えてくれる。



「よし、なら残りは昼食用にするか」

「そうですね♪ それじゃあ早速――」



 ティナが飛びつこうとするので慌ててそれを防ぐ。



「まて、これはしっかり調理をしてから食う。そのままだとイマイチって言ったのはティナだろう?」

「そうでしたね。うっかりでした」

「そういうわけだ。ココ、頼んでも良いか?」

「えと……、はい。わかりました。でも、そこまで道具がありませんので、ちょっと味付けをするくらいしかできませんよ?」

「構わないぞ。そのまま食うよりは、な」

「それもそうですね。では少し待っていてください。今準備しますので」



 そこからココがテキパキと準備を始めてくれる。

 それを眺めながら少し落ち込んでいるイレーヌの隣へ移動する。



「……主も落胆したか? 妾にここまで力がないことを――」

「いや、誰でもそんなものじゃないのか?」

「そんなことあるはずなかろう。妾にも凄まじいばかりの魔力がある。しかし――」



 イレーヌが顔を伏せる。



「どういうわけか、妾は聖魔法しか使えないようなのじゃ。……いや、呪いと言った方がいいかもしれんな。妾が聖女としてしか生きられないような――」



 なるほど……。なんで絶対的な力を持った聖女であるのに、別の生き方をしようとしているのかと思ったら、確かになりたくもない職業に無理矢理就かされるのは嫌だもんな。


 今の魔王とか言ってるのも、それに精一杯抗ってからかも知れない。



「それならいっそ、聖魔法を使って攻撃を――」

「言ったであろう。妾は聖女としてしか生きられないような特性を持っておる。聖魔法の中でも、相手を攻撃するような魔法は一切使えないのじゃ。できることは回復魔法と浄化魔法、あとは補助系のものだけじゃ」

「なるほどな。でも、回復でも攻撃できるよな?」

「――? 主は何を言っておる? 回復するんじゃぞ? 攻撃ができるはずなかろう」

「いや、昔聞いたことがある。度を超えた回復魔法は対象者を傷つけてしまう……と」

「……なるほど、その手があったか! よし、早速試してみるかの」

「いやいや、ちょっと待て。今はまず食事だろう?」

「……妾は実はキノコが苦手なのじゃ」

「ならその苦手も克服するチャンスだな」

「……ぐっ、この鬼め――」



 イレーヌは悔しそうに口を噛みしめていた。

 しかし、その表情にさっきまでの悲しそうな雰囲気はなく、どこか吹っ切れた様子だった。




◇◇◇




 ココが作ってくれたキノコ料理……という名の味が付けられたマッシュロンの丸焼きを食べた後、俺たちは次の依頼をするために歩き回っていた。




「オーク……いませんね」

「まぁ、この辺りだと見通しが良すぎるからな。もっと森とかを探した方が良いのか?」

「森にも美味しい食材がたくさんありますもんね」



 俺たちが話し合っているとイレーヌが青ざめた表情をみせながらゆっくり後ろを向いていた。

 そして、俺の服を引っ張ってくる。



「どうしたんだ?」

「あ、あやつがオークではないのか?」



 イレーヌが指さした先には普段より数倍の大きさを誇るオークがのっそのっそと歩いている姿だった。

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