魔王を目指すもの

 結局混沌の蛇のメンバーはティナ一人で返り討ちにしてしまった。



「とかげー……」



 少し涙目になっているティナ。

 持っていた大トカゲは色んな魔法や打撃や斬撃を受けて、既に原形をとどめていなかった。



「……まだ食べられますよね」



 大トカゲをかじるティナ。

 すると、急にココが俺たちの方を向いて頭を下げてきた。



「アイルさん、ティナさん、本当にありがとうございます。お二人がいなかったら私は――」

「いや、気にするな。これもココを俺たちのギルドへ引き込むのに必要なことだ」

「そうですよ。ココちゃんは気にしないでください」

「は、はい。ありがとうございます」



 目に少し涙を溜めて、ココは笑みを浮かべる。



「それよりも今日はギルドホールに戻るか。さすがに色々ありすぎて疲れた。早く休みたいな」

「でもでも、まだギルドホールの掃除をしていませんでしたよね?」



 ティナの一言に俺の動きが固まる。


 そうだった……。早めに掃除しないと、と思っていたのにすっかり忘れていた。



「それじゃあまた野宿か……。ギルドホールがあるのに……」



 思わず地面に手をついてうな垂れてしまう。

 すると、ココが俺のことを慰めてくれる。



「大丈夫ですか? 掃除なら私がやりますけど……」

「いや、問題ない。新人の子にそんなことさせられるはずないだろう?」

「いえ、こう見えても私、掃除は得意ですから――。任せておいてください」



 ココが自分の胸を叩いて自信たっぷりに言ってくる。



「そうだな……。三人で頑張ればまだなんとか終わる時間帯だよな。よし、なんとか頑張るか」

「私も全力で頑張りますね」

「いや、ティナは力を抜いて適度に頑張ってくれ」

「……? はい、分かりました」

「ふふふっ、私も精一杯手を貸しますね」



 三人で笑い合いながら、すっかり日も暮れてしまった中、ギルドの清掃を始めるのだった。

 そして、何とか終わったときには既に日が変わろうかという時間帯だった。




◇■◇■◇■




「くくくっ、いよいよ我が闇の力を披露するときが来たな」



 闇夜の下、シルバーブロンドの髪をなびかせた少女が、不敵な笑みを浮かべていた。

 小柄の背丈で背中に剣を携えて、その身はマントで包んでいた。



「この力があれば、勇者も余裕であろうな」



 少女は手から紫がかった黒い炎を生み出す。

 周りは誰もいない町外れの街道。

 魔物も徘徊するこの場所でしかも暗がりの中、火をともすと攻撃をしてくれとでも言っているかのようだった。


 そして、当然ながら近くにいた魔物達が光に気づき、目を光らせていた。



「な、なんじゃ? お前たちは。妾と戦うつもりか? この闇より生まれし大魔王たるイレーヌに適うとでも……」



 口では自信たっぷりの様子だったが、その足は恐怖で震えていた。

 魔物たちはその様子を不憫に思ったのか、そのまま襲うことなくその場を去って行く。

 すると、イレーヌは心の中では安心しながらも口では悪びれもなくいう。



「ふははっ、妾の力に恐れをなして逃げていったか。妾は逃げるものは追わん。存分に逃げ惑うが良い」



 高笑いをするイレーヌ。

 すると、今度はその声につられて大トカゲがうごめいていた。



「ひっ……」



 思わず悲鳴を上げてしまうイレーヌ。

 しかし、大トカゲはイレーヌのことを気にもせずにどこかへ去って行った。



「ふぅ……、全く、妾のことを誰だと心得る。妾が魔王の座を手に入れたらあんな不気味な魔物、消しさってくれる」



 にやり微笑むと綺麗な白い歯が見える。



「それにしても、ギルドもギルドじゃな。たかがSランクギルド風情が。この妾が仲間になってやると言っていたのじゃヶ、まさか力も見ずに追い払ってくるとは――。奴らも報復の対象で良かろう」



 再びイレーヌは歩き出す。

 すると、今度は草むらがガサゴソと動く。



 さすがに魔物相手に何度も驚くイレーヌではなく、堂々としたたたずまいで音のした方に振り向く。


 すると、そこから飛び出してきたのは薄くなった髪をした老人だった。



「イレーヌ様! 探しましたぞ。さぁ、早く協会へ戻りますぞ」

「いやじゃー。妾は魔王たるこの力を使って、世の人間を恐怖のどん底へと突き落とすのじゃ」

「またそんなことを。あなた様は魔王なんかではなく、最高の力を持つ聖女様ではございませんか」

「ふん、そんなこと妾が望んだことではないわ。勝手に教会の者どもがやってきて、やれ聖女だのなんだと大騒ぎして、気がついたらこんなことになっていたのではないか」

「はぁ……、あなた様が持つ聖魔法はどんな傷も癒える。まさに百年に一度の逸材といっても過言ではありません。それなのに、どうしてこんなことに――」

「ふん、妾は聖魔法より闇魔法の方が得意じゃ」

「あぁ、その聖魔法の光をちょっと色変えたやつですか」

「ち、違うわい! これは闇の炎で――」

「わかりました。そこまで仰るのでしたら今日一日だけ待たせていただきます。その間にギルドパーティーなり魔族の仲間なり、何でも構いません。仲間を率いてくることができたら諦めさせていただきます」

「おう、その程度造作もないことじゃ」

「ですが、もし仲間を連れてこられなかったら諦めて教会に戻ってくださいね」

「わかった。魔王たる妾の言葉に二言はない!」

「はい、ではまた明日お迎えに上がりますね」



 それだけ言うと老人は姿をくらます。

 その際に小声で呟いたのにイレーヌは気づかなかったが。



「既に魔族にもギルドにも手を回してあります。イレーヌ様が最弱の魔物すら倒せない……ということは」

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