ココの借金

「やっぱりこの程度なんだな……」



 大トカゲをあっさり倒してしまう。

 昨日はティナがあっさり倒してしまったので、実質これがギルドを作ってから初めての戦闘だった。

 一切苦戦をすることなく、一撃で倒してしまったのでどこか物足りなさも感じていた。



 これだと能力を測るのには不十分だろうか?

 いや、魔法使いであるルーがどんな魔法を使うのか、それを見ることができれば十分だろう。



「まだまだ量が足りないですよー」



 流石に一人で食べようとしないティナ。

 ただ、よだれを垂らしながら大トカゲを見ているその姿に俺は苦笑してしまう。



「俺はもういらないからティナが食うといいぞ」

「わ、私ももうお腹いっぱいです……」

「そうなんですね。では、遠慮なく――」



 ティナが大トカゲを焼いたあと、そのまま食べていた。



「それじゃあ、次はココにお願いしてもいいか?」

「う、うぅぅ……わかりました。が、頑張ります……」



 ギュッと杖を握りしめ、強張った表情を浮かべている。



「そんなに緊張しなくても、強い魔物が現れたら俺たちも手を貸すからな。だから、安心してくれ」

「わ、わかりました。頑張ります!」



 少し安心してくれるココ。



 まぁ、Bランクギルドのメンバーとはいえ、魔法使いだもんな。

 遠距離から魔物を倒すことに特化している分、一人で魔物の相手をすることなんてほとんどないんだろう。



 そんなことを考えていると、近くの木の側で魔物の姿を発見する。


 半透明の球体。

 まるで水のような色をした魔物、スライムだった。


 体内にある核を破壊すれば簡単に倒すことができるEランク級の弱い魔物だ。

 ただ、弱いと言っても触れた部分をゆっくりと溶かす力を持っているので、取り付かれないように注意は必要になる。



 まぁ、ココなら全く問題ないだろうな。

 


 そう思っていたのだが、スライムに気づいたココは顔を真っ青にして、手足を震わせていた。



「こ、来ないでください! 火初級魔法ファイアーボール!!」



 ココが魔法を使う。

 相手がスライムということもあり、小さな火の弾がココの杖から放たれる。


 ただ、その火の弾は一つではなく、数十発にも及ぶ数多あまたの数がスライム目掛けて飛んでいく。



 ドドドドドドォォォォォォォーン!!



 しばらくスライムがいた場所で爆発音が響き渡る。



「綺麗な花火ですねー」



 隣で焼き終えた大トカゲを食べながら呑気な事を言っているティナ。



「いやいや、相手はただのスライムだぞ!? いくらなんでもやりすぎじゃないのか?」

「倒せたらどんな攻撃でもいいんじゃないですか?」



 ティナが当然のように言ってくる。



 たしかに見た目が派手なだけで、倒せたらどんな攻撃も同じか……。



 ぼんやりとココの攻撃が終わるのを俺たちはしばらく待っていた。




◇◇◇




 爆発音が止み、しばらく待つと煙が晴れてくる。

 もちろんあれほどの威力の攻撃だ。

 核どころか、スライムの原型すら残されていない。



 あれだけの威力なら当然だろう。



 そして、側には腰が抜けたのか、座り込んでいるココの姿もあった。



「大丈夫か? もう魔物は倒されたぞ?」

「は、はい、大丈夫です。ちょっと魔力を使い切ってしまっただけで――」

「魔力を……使い切った?」



 思わず聞き返してしまう。

 すると、ココは申し訳なさそうに顔を伏せる。



「実は私……、魔物を前にすると緊張してしまって、襲われないようにありったけの魔法を使ってしまうんです――」



 それでさっきみたいな結果になったのか。



「ただ、凄く威力はありそうだったよな。あれなら数回使えば強い魔物でも簡単に倒せそうだな」

「い、いえ、魔力を使い切ってしまいますので、その……」



 一度限りの大技……ということか。

 緊張してそうなるなら一人で魔物と戦うような状態にしなければ良いだけだよな。



「それは悪かったな。先に聞いておくべきだった。一緒に戦えばこんなことにならなかったんだよな」

「うぅぅぅ……、ご飯が……」



 ティナは跡形もなくなったスライムを眺めながら残念そうに唇に手を当てていた。



「あっ、いえ、その……。私、いつもこうなんですよ……。だから足手まといにしかならなくて――。ギルド自体がBランクなのに未だに私は最低ランクの依頼しか受けられませんし――」

「それならどうして今回はゴーレム討伐の依頼を受けようとしたんだ?」

「それはその……、ギルドに借りたお金を返そうと……」

「借金? 一体いくらなんだ?」



 言いにくそうにしていたが、ゆっくり話してくれる。



「その……実は十万リンなんですよ。以前、怪我をした私を治療してもらった費用がそれみたいで――」

「ギルドメンバーが怪我をしたら、ギルドで貯めてある金で払うのが普通じゃないのか?」

「あっ、いえ、そのときはまだギルドメンバーではなかったのですよ。でも、私こんな性格なので他の仕事で稼ぐこともできなくて、お世話になったギルドで働くことになったのですが、難しい依頼ができないので、ギルドの貯蓄分や食費とかで借金が減ることがなかったんですよ……」



 それは変な話だな。

 確かに所属ギルドに報酬の数割、必要費用としてギルドに収める。


 それはうちでもそうするつもりでいるので、おかしい事ではない。

 まぁ、昨日のお金は今朝の予想外の朝食でなくなってしまったが――。


 そういった事情もなしに一切お金を渡さないのは流石におかしい。


 俺は何も言わずにティナの方を振り向く。

 しかし、ティナはよくわかっていないようだった。

 思わずため息が出てしまう。



「そのギルド、何か変だな――」

「でも、お金を払ってないのは私ですし……」



 顔を伏せるココ。



「とにかく、今は依頼をたくさんして、借金を早く返してしまいますね!」



 乾いた笑みを浮かべてくる。

 他ギルドのことで俺ができることは少ない。


 ココがそれで納得してるなら……と何も言わないことにした。




◇◇◇




 魔力が尽きて動けないココを背負うと俺たちは一旦町へと戻ろうとする。



「本当にすみません……。私のせいで」

「いや、気にするな。ココが戦えないなら仕方ないからな。俺たちだけで勝てるかも分からないから……」




 俺はココを背負っているので、実質ティナ一人で戦ってもらうことになる。

 岩の魔物であるゴーレムはさすがのティナでも厳しいだろうな。



「で、でも、十万リンが――」

「また明日も頑張ればいいさ。ご飯をどうするか、は悩ましいところだけどな」



 俺の言葉を聞いた瞬間にティナの動きが止まる。



「ご、ご飯がないのですか?」

「ご飯……というより金だな。今日は依頼ができなかったわけだから……」

「あっ、それならこれ使ってください。さっきトウモロンと戦った時に邪魔してきたやつ、食べられなかったので捨てようと思ったのですけど、お金になるかもって取ってきたんですよ」



 ティナが持っているのは真っ赤な宝石のようなものだった。



 んっ? 真っ赤な宝石……?



 俺は嫌な予感がしてくる。



「もしかして、ティナ。それを落としたのって岩の魔物だったか?」

「よくわかりましたね。全く、食べられない魔物に価値なんてないですよね?」

「そんなことあるか! これが今回の依頼だったゴーレムだ!」



 つまり相手が岩でもティナは問題なく倒せるのか。

 更に今みたいな会話がなかったら見落としていた可能性もあるわけだ。



「はぁ……、まあいい。今回は結果オーライだ。よくやった」



 苦笑を浮かべながらも活躍してくれたティナを褒めると、彼女は屈託のない笑みを見せてくれる。

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