依頼書
「おい、ココ! なんだ、この端金は!」
『混沌の蛇』のギルドホールで怒声が響き渡る。
「も、申し訳ありません。そ、その……、私が行った時には既に解決済みだったみたいで……」
「言い訳はいい! これで俺たち、『混沌の蛇』の評価が下がったらどうするんだ!」
「も、申し訳ありません。申し訳ありません……」
「ちっ、もういい。下がっていろ!」
「そ、その、お金の分配を……」
「あぁ? まさかこの程度しか稼げないのに金を取ろうとしているのか?」
「も、申し訳ありません。失礼します」
ココは何度もペコペコと頭を下げていた。
そして、自分の個室である階段下の物置へと戻っていった。
◇◇◇
埃だらけの物置小屋。
部屋の隅には蜘蛛が巣を張っている。
しかし、それ以上に折れた剣や使えなくなった道具などが散らばっていて、ろくに足の踏み場がない。
そんな部屋の中で唯一置かれたボロボロのベッドに腰掛けてがっくりと肩を落とす。
「うぅぅ……。こんなことをしてて、いつになったら借金を返せるのかな……?」
ココがこのギルドに所属している理由、それは魔物に襲われて怪我をしたときに治療費を立て替えてもらったからだった。
小金貨一枚。十万リル。
普通に働けるのなら一月もあれば返せる額なのだが、ココには致命的な問題があった。
極度の人見知りと臆病な性格が相まって、まともに職に就くことが出来なかった。
だからこそ、依頼をこなして借金を返そうとしているのだけど、中々ギルドの利益を上げることが出来なかった。
報酬から必要な費用を抜いて、残りの分からお金を分配する。
(……私がまともに依頼をこなせないから仕方ないの。マスターもいろんな依頼を持ってきてくれるからあとは私が依頼達成するだけだから……)
手に持っていた杖をギュッと握りしめる。
(もう少し魔物の前で緊張しなくなったら、まともに戦えるかな……。前みたいにウルフに会っただけでびっくりして、全魔力で魔法を放ってしまったらダメなの……)
魔力がつきるとまともに動けなくなる。
しかも、ココが使える魔法はまだ初級魔法のみ。
しかし、それも大量に使えばそれなりに高威力を発揮することが出来る。
ウルフの時は流星のごとく
討伐依頼だとそういうことが度々あったので、今度は原因調査の依頼を受けたのだが、それもまともにこなすことが出来なかった。
「わ、私に出来る依頼なんてあるのかな……?」
結局考えがまとまらずに落ち込んだまま、ココは眠りについていた。
◇■◇■
朝ごはんだけで空になってしまった財布を眺めて俺は頭を悩ませていた。
俺だけなら一ヶ月は待つその金がティナなら一日分……。
このままだと破産まっしぐらだ!
なんとかして金を増やさないと。
「さて、今日はギルドホールの掃除をするのですよね?」
「――いや、先にギルド本部に行ってみないか? 新しい依頼書がないかを見ておきたい」
「なるほどですね。わかりました、では早速行きましょうか」
笑みを浮かべながらギルド本部へ向けて駆け出していく。
◇
時刻がまだ朝ということもあり、ギルド本部に掲げられた依頼書の数はまだ多かった。
「さて、俺たちにできる依頼は――」
「アイルさん、アイルさん。こんな依頼はどうですか?」
「んっ? どんな依頼だ?」
ティナが指差した依頼を見てみる。
『トウモロンの討伐』
報酬:二千リン(銀貨二枚)
トウモロンって、巨大なとうもろこしに手足が生えて歩き出したっていう魔物だよな?
って、ティナの口からよだれが出てる!?
「ふふふっ、焼いてもいいですし、料理に使ってもいいですし、スープにしてもいいですよね。ワクワクが止まらないですね」
「いや、却下だな」
「なんでですか!?」
ティナが信じられないといった顔で俺のことを見てくる。
まぁ、ティナが言いたいことはわかる。
呆れるほど良くわかる。
トウモロンを食べたい……ということだろう。
「あのな、ティナ。よく考えてみろ。この依頼を受けるとな、トウモロンを食べられなくなるぞ?」
「ど、どうしてですか!?」
ティナが驚きの声を上げる。
「いや、討伐したら魔物を持ってこないといけないだろう? この依頼は討伐部位はないみたいだし……」
「……っ。わかりました、依頼は受けずにトウモロンを倒しに行きましょう」
「いやいや、それだとなんでここにきたのかわからないじゃないか。とりあえずなるべく報酬の高い依頼を探すんだ!」
「任せてください。食べられないような魔物を探してみせます!」
……食べられる魔物は全て食べるつもりなのか?
苦笑を浮かべながら、俺も依頼書を眺める。
そして、ティナの要望と俺の目的の両方を満たしてくれそうな依頼を発見する。
しかし、その依頼書を取ろうと手を伸ばした瞬間に別の誰かと手が触れ合ってしまう。
「あっ、ごめんなさい」
「あわわっ、私の方こそ、その……、申し訳ありません」
小柄な体型の少女に何度も頭を下げられてしまう。ただ、今のはそこまで謝るようなことじゃないのに……。
「気にしないでください。お互いが謝ったのでもう終わりにしましょう」
「は、はい……」
「それよりもこの依頼をされるのですか?」
俺は依頼書を手に取る。
そこに書かれていたのは『ゴーレムの討伐』だった。
「あぅぅ……、や、やっぱり私になんて無理ですよね……。どう考えても難易度が高いですし……」
少女が落ち込んでしまう。
たしかにこの依頼の報酬、十万リン(金貨一枚)は魅力的だ。
十万リンもあれば、ティナが大量にご飯を食べたとしても数日は持ってくれる……はず。
更に討伐素材の大きさ次第で更に上乗せがあるらしい。
まぁ、報酬が高い分、難易度も高いとみるべきだろう。ゴーレム自身も討伐難易度Bランクと書かれているほどだし――。
ギルドを結成したばかりのFランクギルドである俺たちが受けるような依頼でもない。
ただ、このくらいの依頼をしていかないとティナの食費が……。
ただ、ティナはたしかに強いが、相手は岩の魔物。
魔法攻撃の方が効くのも確かだ。
「いえ、そんなことないですよ。むしろ物理攻撃がメインの俺たちより魔法使いである君の方が得意な相手じゃないのですか?」
岩の体を持つゴーレムに物理攻撃は効きにくい。
だからこそ魔法がメインになってくることが多かった。
「うぅぅ、そ、その……。私はまだ初級魔法しか使えませんので――」
顔を伏せる少女。
たしかに少女の言っていることが本当なら、この依頼をするのは早すぎる気もするが……。
ただ、何かの事情がありそうだな。
「それなら俺たちと一緒にこの依頼をしませんか? 複数のギルドが同じ依頼をするのは問題がなかったはずですから」
その場合だとギルドごとに報酬を分け合って、その上でメンバーに分ける。
その際にトラブルが起きるので、最初からしっかりと取り分の話をしておくのが大切になってくるが。
「い、良いのですか? その……、私は役立たずで……」
「そんなことありませんよ? それに一緒に依頼をすることは俺から提案したことになりますので……。ティナもそれで良いよな?」
「はい、構いませんよ。一緒に頑張りましょうね」
ティナが少女の手を掴んで、上下に振っていた。
すると、軽そうな少女の体が同じように揺れていた。
「わわっ、は、はい、よ、よろしくおね……」
「こらっ、ティナ。まともに喋れないだろ!」
「そ、そうですね、ごめんなさい」
ティナが手を離すと少女がようやく落ち着きを取り戻す。
「ふぇぇ? だ、大丈夫です。よ、よろしくお願いしますです」
「あぁ、よろしくお願いします。俺は一応ギルドマスターのアイルで、こっちはティナです」
「ティナです! 食べ物は正義です。よろしくお願いしますです!」
訳の分からないことを言って、敬礼をしてみせるティナ。その様子に苦笑をしながらさらに補足する。
「一応ギルドを結成したばかりで、ギルド名もない駆け出しですけど、よろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いします。わ、私はココです……。一応ギルド【混沌の蛇】に所属している魔法使いになります」
【混沌の蛇】といえばBランク級ギルドじゃないか。
俺たち、Fランクギルドとは雲泥の差があるほどの上位ギルドだ。
つまり、この子もかなりの実力者なのだろう。
これは色々と学ぶことがあるかもしれないな。
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