端から端まで

「え、えっと……、ほ、本当にこれ全部ですか?」



 俺たちの顔と大トカゲの山を交互に見ながら、信じられなさそうにしていた。



「はい、全部大トカゲだと思います」

「そ、そうですね……。数は二十四体。全部、綺麗な姿を保っていますね。一体を除いて――」



 その一体って、ティナがワイバーンでホームランした奴じゃないだろうか?



「えっと、ダメ……ですか?」



 苦笑をしながら尋ねてみる。



「討伐としては認められますが、さすがに魔物買取は難しそうですね。討伐は一体千リルで合計二万四千リルですね。買取は一体五百リルになります。こちらが二十三体分で合計一万千五百リルになります。ただ、買取は任意になりますが、いかがしましょうか?」



 これだけで一人なら一ヶ月はゆうに暮らせる金額。さすがに売らないという手はなかった。



「よろしくお願いします」

「かしこまりました。では、中でお待ちください。今、お金を準備してまいります」



 男性がギルド本部へと戻っていく。

 俺もその後に続く。


 ただ、その途中で男性に声をかける。



「あと、うちのギルドはメンバーを募集していまして……。もしギルドを探してる人がいたら紹介してくれませんか?」

「かしこまりました。そのように手配させていただきます。ギルド名は……あれっ、書かれていませんね」

「申し訳ありません。まだギルド名はつけていなくて……。仲間ができてから相談しようと思ってるのですが――」

「なるほど、わかりました。そちらはまた決まりましたら連絡をください」



 まぁ、ギルド本部から希望者が来るのは稀なので、募集をかけてもそうそう来てくれないだろう。



 ただ、俺とティナしかいないので、早めに人数を集めておきたいのも事実だった。




◇◇◇




 男性から金を受け取ったあと、俺はティナの下へと戻っていた。



「おかえりなさいです。どうでしたか?」

「あぁ、大量だ! 早速飯でも行くか?」



 俺は金が入った小袋を掲げてみせる。

 すると、ティナが目を輝かせて、それを見ていた。よくみるとよだれも流れている。



「それがご飯……」

「いや、これは食えないからな。……食べるなよ」

「さすがにお金は食べませんよー。それよりも早くご飯いきましょう!」



 ティナが俺の腕を掴む。

 その瞬間にゾッと顔から血の気がひいていく。



「あ、あのな、ティナ。ここは町中だし、無理に走らなくても――」

「えぇ、ご飯が待ってるのですから、無理に走らずに全力で走るのですよね?」

「ち、ちが――。うわぁぁぁぁ……」



 俺の抵抗も虚しく、結局ティナにそのまま引きずられることとなった。

 そして、目が覚めると料理店の中にいた。



「あっ、アイルさん。目が覚めましたか? これから注文をするところなんですよ」



 メニューをジッと見つめているティナ。

 あーだこうだと色々迷っているようだった。



「……今日はかなり収入が入ったから好きなものを好きなだけ食べて良いぞ――」



 ティナの様子に苦笑しながら、俺もメニューを眺める。

 値段はお手頃ながらもかなり品数が豊富で、確かに迷う気持ちもわかる気がした。


 ただ、ティナの食べっぷりからあの伝説の『メニューを端から端まで』が見れるかもしれない。


 確かにかなりの費用はかかるが、それでも今日稼いだ費用の方が多い。

 初めてのギルドメンバーなんだから、少しくらい贅沢をしても良いよな。



「よし、俺はこのウルフ肉ステーキのセットにするか。ティナは決まったか?」

「はい、もちろんです。では、店員さんを呼びますね。すみませーん、注文よろしいですかー?」

「はーい、少々お待ちくださーい!」



 注文を取りにエプロン姿の店員がやってくる。



「ご注文をお伺いしますー」

「俺はこのステーキのセットを……。ティナは?」



 メニューを指さして答えたあと、ティナの方を向く。



「私は……、このメニューの端から端――」



 やっぱりティナはそう来るよな。

 ある意味予定通り過ぎる行動に笑みがこぼれてしまう。


 しかし、ティナの言葉はそれだけで終わらなかった。



「――を三……いえ、五人前ください!」

「はいはい、ウルフ肉ステーキのセットとメニューの端から端までを五人前……えっ!?」



 思わず店員の人が聞き返してくる。



 まぁ、そうだよな。

 俺ですらメニューの端から端までには……って五人前!?



 店員同様に俺の姿も固まってしまう。



 いやいや、さすがに多すぎないか?



 ただ、ティナは全く多いと思っていないようで、むしろ料理が来るのをわくわくした様子で待っていた。



 ……まぁ、俺が好きなだけ頼んで良いと言ったんだもんな。今更、やっぱり辞めてくれとは言えない。



 引きつった笑みのまま、俺は店員に「その注文でお願いします」と言っていた。




◇◇◇




 しばらくするとテーブルの上が料理だらけになっていた。

 店の奥がかなり慌ただしくなっているのと、店員がひっきりなしに料理を運んできているのがなんだか申し訳なく思う。

 ただ、置かれるたびにあっという間になくなる料理を見ると全てのメニュー、五人前くらいティナなら軽く食べてしまいそうだな、とも思えてきた。



「とっても美味しいですね。アイルさんもちゃんと食べてくださいよ。私のをお裾分けー」



 既に食べ終わった俺の皿に山盛りの料理が積まれていた。



「いや、俺はもう食ったし、それにこれは俺が頼んだ料理よりも量が多いんだが――」

「たくさん食べられるなんて、幸せですね!」



 屈託ない笑みを見せられると、思わず頷いてしまう。


 俺の目の前にある料理は十分すぎるほどの存在感を出している。



 ぐっ、覚悟を決めろ! これもティナを仲間として歓迎するため……。



 息を飲むと覚悟を決めて、料理を食べ始める。




◇◇◇




 半分くらい食い進めたところで、ティナの無尽蔵の胃袋がどうなっているのか気になってくる。


 あれだけ食べてるのに、その分体重が増えているとか、そういったこともなさそうだ。


 

 それじゃあ、食べたものはどこにいったんだ?



 頭考えだすと不思議にしか思えなくなってくる。

 俺がじっとティナのことを見ていると、彼女は不思議そうに聞いてくる。



「どうかしましたか?」

「いや、よくそんなに食べられるな、と思ってな」

「実は私、よくはわからないのですが、お腹が膨れたら膨れてるほど、能力を発揮できるみたいで、お腹ペコペコだと全く力が出ないんですよ」



 すごい勢いで食べながら答えてくれる。



 特殊な加護スキルでも持っているのだろうか?



 加護スキルとは生まれた時から有しているその本人だけしか使えない力のことである。

 例えば、勇者が持つ『魔に対する威力向上』や聖女が持つ『聖属性の威力向上』などがそれに当たる。


 食べ物を食べるほど力が向上するなんて加護スキルは聞いたことがないけどな――。



「それにしても美味しいですね。毎日でも食べたくなります」

「いや、それだけはやめてくれ」



 既にあれだけ稼いだ金はほとんど残っていない。

 それに店員たちも必死に首を横に張っていた。


 さすがに一度に大量注文されると予定が狂ってしまうのだろう。

 それにいまだに忙しそうにしている。



「残念です」

「また、大量に金が入ったときに……な」

「はい! それなら依頼を頑張りますね」



 ティナは骨付き肉を片手に気合を入れる仕草をしてくる。




◇■◇■




「この大量の大トカゲ……、もしかして大量発生していた元凶を叩いてくれたのでしょうか?」



 ギルド本部へと運び込まれる大トカゲを見ながら受付の女性が呟いていた。



「一応Bランクギルドの『混沌の蛇』に原因調査を頼んでいますので、すぐに報告が来ると思います。ほらっ、言ったそばから――」



 混沌の蛇のメンバーである小柄な少女が怯えた雰囲気でギルド本部へと入ってくる。


 耳フード付きの白いローブを着て、フードは深々と被り、両手で杖を持っている典型的な魔法使いの服装をした少女。


 フードからは肩ほどまだ伸びた麻色の髪が見えている。



「あ、あの、その、い、依頼っ……」



 緊張した様子で必死に話しかけてくる。



「お待ちしておりました、ココさん。大トカゲが大量発生した理由は分かりましたか?」

「それがその……、既に大量発生の痕跡が……、そのその……」



 顔を俯けて、肩を震わせていた。

 その反応で受付の女性はおおよその判断がついた。



「やっぱり既に解決された後でしたか……。お手数おかけしました」

「いえ、その……。お役に立てなくてごめんなさい」

「気にしないでください。こちら、調査の依頼金になります」



 袋に入ったお金をココに渡す。



「ほ、本当によろしいのでしょうか? 私は何も見つけられなかったのに……」

「ちょうど先ほど、大量の大トカゲが討伐されたところなんですよ。おそらくその方が大量発生の件も解決してくださったのだと思います」



 おそらくこの町の近くに大トカゲの巣でもできていて、そこを壊してくれたのだろう。



 ココは小さくお辞儀をすると、お金を受け取り戻っていった。

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