トカゲと書いてドラゴンと読む

 しばらくして、ようやく少女は走るのをやめてくれ、今は鼻歌まじりに俺の前を歩いていた。 



「トカゲ、トカゲ♪」

「……嬉しそうだな」

「はい、とっても美味しいんですよねー」



 いや、普通は食べないと思うが――。

 それにさっき魔物の味はいまいちと言っていなかったか?



 俺が苦笑を浮かべていると少女は振り返り、思い出したように聞いてくる。



「あっ、そういえば私、まだギルドマスターさんのお名前を聞いていませんでしたね。私はティナって言います。よろしくお願いしますです!」



 ティナが笑みを浮かべながら大袈裟に頭を下げてくる。

 その様子に俺は頭を掻きながら答える。



「俺はアイルだ。よろしく頼む」

「アイルさん……ですね。よろしくお願いしますー」



 満面の笑みを浮かべてくるティナ。

 すると、そのあと突然遠くを眺める素振りを見せる。



「あっ、トカゲを発見しました! 行ってきますね」

「ちょ、ちょっと待て!」



 俺の制止を聞かずにティナは走り去ってしまった。


 あっという間に小さくなってしまう。


 俺もティナが走って行った方向に向かって進みだすと、そばに生えている草がガサガサと揺れる。



 ……魔物か?



 剣に手をかけて、ゆっくり近づくと草むらから目的の大トカゲが飛び出してきた。



 俺の膝くらいまでの体長を持つ、大きいトカゲの魔物だ。

 真っ黒な体と鋭い牙を持っているが、それ以外特に恐ろしいこともない初心者向けの魔物だった。



 ゆっくり剣を抜くと大トカゲの出方を窺う。

 大トカゲの方も不思議そうに俺へと視線を向けてくる。


 今ここにティナがいれば、挟撃を掛けられたのだが、どこまで行ってしまったんだろうか……。


 目線だけ動かして、周囲を確認する。

 しかし、どこにもティナの姿は見えない。


 かなり遠くまでトカゲ退治に出向いてしまったようだ。

 すぐに助力を頼めない以上、この場は俺がどうにかしないといけない。


 大きく深呼吸すると、剣を振りかぶりそのまま大トカゲに斬りかかる。


 そして、もう少しで剣が刺さりそうになったのだが、そのタイミングで聞き覚えのある声が聞こえてくる。



「落ちる落ちるー! どいてくださいー!!」



 ティナの声が聞こえてくる。

 しかし、その姿は周囲には見えない。


 それに落ちる……ってことは上か!?



 俺が空を見た瞬間に何か大きなものが物凄い音を鳴らして落ちてくる。



 ドゴォォォォン!!



 それはちょうど大トカゲの上に落ちて、一瞬で大トカゲは倒されていた。


 何が落ちてしたのかと目を凝らせて見てみると、ティナとドラゴンが落ちてきたようだ。



 って、ドラゴン!?



 ドラゴンにしては小ぶりではあるが、それでも人の十倍近い体長があり、背中には大きな羽。更に深紅の体には身を守るためのびっちりと鱗が生えている。

 難易度的にはAランクかSランク相当の依頼になるだろう。



 俺が口をポッカリ開けて驚いていると、ティナが軽く頭をさすりながら起き上がる。



「いたたっ……、ちょっとミスっちゃいました」



 何食わぬ顔で笑顔を見せてくる。



「いやいや、ちょっと……じゃないだろ!? あんな高いところから落ちて……。それにそいつは――」

「もちろんトカゲですよ。依頼の――」

「いやいや、大トカゲは押しつぶしたそいつだ!」



 俺はドラゴンの下からかろうじて見えている大トカゲを指さしながら答える。



「あれっ? そうなんですか? でも、どっちも同じトカゲですよね? ちょっと大きいトカゲです」

「いや、そいつはどう見てもドラゴンだろう! 大トカゲとは比べものにならないほど強い魔物で――」



 ……ちょっと待て。よく考えるとドラゴンをティナが一人で倒してしまったんだよな?

 普通はAやSランク級ギルドのメンバーが多人数で倒す魔物になるが――。


 ティナはどれだけの力があるんだ?


 少なくとも、俺じゃ太刀打ち出来ないほどの能力を持っているだろう。



 少し頭が残念なところはあるが――。

 それにしても討伐依頼に関しては全くといって良いほど関係がない。

 能力だけを見ると単独で既にSランクギルド級……と見て間違いないだろう。



 それがどうして一人でいたんだ?

 どんなギルドでも歓迎してくれるんじゃないのか?



「ティナはどこかのギルドに所属しようとは思わなかったのか?」



 思わずティナに確認をしてしまう。

 すると彼女は笑みを浮かべながら答える。



「実は最初は出身の村にあったギルドに入ってたんですよ。やっぱり知り合いが多いですからね。でも、そこにいた人たちが『ティナならもっと上のギルドにいける。その能力があれば――』と勧めてくれたんですよ」



 ……あれっ? その話、おかしくないか?

 ティナにそれほどの実力があるなら他所になんて行かせないだろう?



「あっ、そういえばこうも言っていました。『ティナを抱えるにはうちだと金がなさ過ぎる』って」

「……金?」

「えぇ、どういう理由かは分かりませんが――」



 ティナが火をおこしながら言ってくる。

 依頼の金は必要費用やギルドの貯蓄の分、あとは宿代や食費を抜いた上で、参加したメンバーに等分するのが普通であった。



「んっ? どうして火をおこしているんだ?」

「えっ、もちろん焼くためですよー」



 突然ドラゴンをあぶり出すティナ。

 軽々とドラゴンを持ちあげているのを俺は苦笑しながら眺めていた。



「このトカゲが美味しいんですよねー」



 ティナはドラゴンを焼きながら、よだれを垂らしている。



「――ドラゴンか。確かにドラゴンステーキは頬が落ちそうになるほど旨いって聞いたころがあるな」



 ただ、それは然るべき調理をして……だったと思うが――。



「そうなんですよー。肉汁が滴るステーキは思わず笑みがこぼれてしまうほど美味しいんです。それにこれだけの量があったら――」

「食べてもまだ余るな。町で売却しても――」

「一食分くらいにはなりますよー。……って、あれっ?」



 俺とティナで意見が分かれてしまう。



「……あのな。この量を一食なんてそんなに食べられるはずが――」

「でも、たったこれだけしかないです。やっぱり一食分ですよー」



 ドラゴンを見せながら言ってくるティナ。

 ただ、そのドラゴンの大きさはティナの数倍はある。


 そんなに体の中に入るはずないだろう。

 そう思っていたのだが――。




◇◇◇




「ふぅ……、たくさん食べちゃいました。美味しかったですね」



 ドラゴンを軽く平らげてしまったティナが自分のお腹をさすりながら満足そうな表情を見せていた。


 その様子を俺は茫然と眺めていた。



「本当に一食分だったのか……」

「アイルさんはあまり食べていなかったみたいですけど、大丈夫なのですか?」

「あぁ、俺はあれで十分だ……」



 臭みも取らず、味付けもしていない肉を大量に食べるのは中々つらいものがあるのだが、側に生えていた香草を軽くまぶすだけでだいぶ食べやすくなり、いつもの倍くらい食べてしまった。


 それでもティナが食べた量には遠く及ばない。



「意外と小食なんですね」

「いや、ティナがよく食べるだけだ」

「そう……ですよね」



 ティナも少しは気にしているようだ。

 ただ、かなりの力を発揮するのだから、その分燃費が悪いのも頷ける。



「まぁ、それだけティナが魔物退治を頑張ってくれたってことだろう? ドラゴンなんて普通に倒せる相手じゃないからな」

「……はいっ、ありがとうございます。そう言ってくださるのはアイルさんだけですよ」



 ティナが笑みを浮かべてくれる。



「それじゃあ、そろそろ戻るか。依頼の達成報告もしないといけないからな」

「はい、わかりました!」



 ティナと一緒に立ち上がると、ドラゴンの下で倒れていた大トカゲを探す。



「あれっ? 大トカゲがいないな」

「トカゲならさっき食べましたよね?」

「いやいや、それはドラゴンのことで――」



 ちょっと待て。ティナにとってはどっちもトカゲなのか?

 もしかして――。



「ここにいた小さいトカゲは……?」

「もちろん一緒に食べましたよ? とっても美味しかったですよね」



 はぁ……、やっぱりか……。



 思わず俺は頭を押さえてしまった。

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