-13削り節- 吾輩は人類を支配し始めた

 吾輩は滅茶苦茶に解決された事件現場から静かに去ろうとしていた。

 吾輩は泣いていた娘にぬいぐるみを届けただけの猫、猫田町を厄災から救うなど到底叶わぬ。


「待ってくれ、キミは地域猫だろう?僕と同じ新人の」


 服が焼け落ち、上裸になった笹野が吾輩を引き留める。


「この猫田町に住む地域猫は町民によって名付けられていると聞いた。キミの名を聞かせてほしい」


 笹野は爽やかな笑みで吾輩に問いかけるが、吾輩の名前はまだない。


「にゃー(人と関わらぬように生きてきた吾輩に名を付けるものなど居なかった)」


 説明したところで猫の言葉を人間が理解することは無いだろう。

 そう思っていたのだが、笹野は目を輝かせこう言った。


「そうだな……なら今日からキミはらいおんだ。少女の笑顔を守り、放火犯の正体にいち早く気付いた英雄」


 もしかして吾輩の言葉がわかるのか?

 そんな衝撃に浸る間もなく、笹野は吾輩の名を決めた。

 野次馬もらいおんの名を口にし、次第にそれは称賛へと変わる。

 英雄と呼ぶのなら笹野の方だろう。放火犯を取り押さえたのは笹野であり、少女のぬいぐるみを取りに行こうとしたのも笹野だ。


「僕は警察官だからね、自分の職務を全うしただけだ。だがらいおん、キミは違う。賢く勇敢で決して驕らず、人に正当な評価を下せる」


 まるで吾輩の心を読んだように喋る笹野は吾輩の前に跪く。


「猫田町の王に相応しい」


 こう言っては悪いが、素直に気持ちが悪かった。

 上裸の筋肉が恭しく猫に跪く光景を想像してほしい。傍からみたら痛い奴だ。

 吾輩は小さく悲鳴をあげてその場から逃走。

 町中を駆け抜けながら女神に呼びかける。


『どうなってるんだ⁈ あきらかに様子がおかしかったぞあの人間!』


「言ったじゃない、人類を支配しなさいって」


『あんなに気持ち悪いなら支配なんぞしたくないんだが!』


 割と吾輩は必死だった。

 神の言う支配は、笹野や野次馬の様に無条件で吾輩を称賛し、仕え、崇め奉りだすということらしい。

 なぜそれで厄災から猫田町を救えるのかも不明だし、何度も言っては悪いが気持ち悪いのだ。


「どうして? 気分いいじゃない。まるで王よ? 神よ? それにすぐ慣れるわよ」


『慣れる? どういうことだ』


 言葉の意味を考えた瞬間、意識外から吾輩は首根っこを神に掴まれる。

 そのまま持ち上げられたので吾輩は精一杯抵抗した。


「気ッ持ち悪ッ!? そんな伸びる訳ないでしょうが!」


 神が思わず空中に飛び上がっても吾輩の胴体は伸び続ける。

 とりあえず二階建ての住宅ぐらいまでは伸びれたので、足を地面から放し収縮する。


「どこの世界のゴム人間よ……」


 出会ってからまだ数時間と経っていないのだが吾輩に気を許し過ぎではないか?


『それで、慣れるとはどういうことだ?』


「え? だって全人類支配するんだから、これが日常になるのよ」


 正気だろうかこの神は?

 猫田町ひとつ救うために全人類を支配する必要なんてどこにあるのか。


『クーリングオフしたいのだが』


「出来る訳ないでしょ」


 鼻歌を歌いながら神は吾輩を笹野の前に連れ戻し、じゃ! と手を振ってどこかへ消えてしまう。

 吾輩は流れに身を任せ、この後巡査の階級を貰い、次々と人類を支配していく。

 これが吾輩が王となる最初の話。らいおん英雄譚の序章であった。

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吾輩は猫だから人類を支配している おーやま辰哉 @Oyama_tatsunari

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