-10削り節- 猫は事件を追う<2>

 放火事件のが発生して暫く。

 吾輩と神は現場から少し遠くの屋根の上から状況把握に努めていた。

 消防隊の到着も警察官の到着も早く、付近に怪我人はいない。

 やがて野次馬も増え始め、商店街の魚屋まで来た。


『放火犯の姿が見えないな……』


「まさか放火犯をずっと探していたのですか?」


 吾輩は頷き、痛む身体に気合を入れて立ち上がる。


『犯人は現場に戻るという。その心理は様々で、自分が犯した犯罪の規模を実感する為や、犯罪の証拠や痕跡を残していないかという不安。まぁ色々あるが、放火の場合は野次馬も多いからな、犯人も紛れて行動しやすいのだ』


 先ほどの犯人の様子からして、十中八九現場に戻ると判断したのだがその姿は見当たらない。


『あの男は放火に喜びを見出していた。吾輩には目もくれず一心に火を見ていた……』


「それなのに現場に戻らないのがおかしいと?」


 吾輩は神の問いに再度頷く。

 あの男は野次馬として現場に戻れない理由がある? いや、他の場所から眺めることが出来ているのか?


『悩んでいても仕方がない、人間の協力者も必要だしな。近くに言って様子を探る』


 悩むことをやめた吾輩は屋根の上から塀の上へ飛び移る。

 着地の衝撃に身構えていたのだが、軽い着地音が響いただけで痛みは無い。

 それどころか全身を打ちつけた痛みも綺麗さっぱり無くなっている。


「これくらいは許されてますので」


『怪我の痛みって言うのはそう簡単に治って良いものじゃないんだぞ……』


 神々の掟とやらはどういう基準になっているのか。

 未来の情報を教えることは禁じているのに、現代医療では不可能な施しは許しているなんてな。

 呆れた吾輩は野次馬に紛れるのは不可能と判断し、燃え盛る住宅の隣の家に近づく。


「ママぁ! ねこ助が……ねこ助が燃えちゃうよぉ!」


「ぬいぐるみならまた買ってあげる……買ってあげるからっ……」


 警察官の後ろで抱き合う母子は放火された家の住人だ。

 娘の方はまだ小さく、必死にねこ助とやらの救助を訴えている。

 今はそれどころではない事ぐらい吾輩でも分かるが、あの娘にとっては大事なものなのだろう。


「片桐先輩……。自分、ねこ助探してきます」


「何馬鹿な事を言ってんだ! あの火、見えてんだろ!」


 警察官の若い方がそんなことを言い出した。

 もう一人の警察官は驚いた顔で止める。

 そこからは押し問答が始まり、若い警察官が熱く語り始める。


『放火犯を捕まえるのが吾輩の務めだが……。人類を支配する絶好の機会かもしれん』


 吾輩は燃え盛る住宅の2階に目をやり中の様子を探る。

 名前から察するに猫の形をしたぬいぐるみだろう。

 少しだけ離れてるとはいえ、熱風の勢いはすさまじく、全身の毛がチリチリと焦げる感じがした。


『あれか……!』


 窓が開いている部屋の手前のテーブルに目的のぬいぐるみはあった。

 問題はあの火の海に飛び込まねばならない事。

 火は恐ろしい。だが今はその恐怖をあまり感じない。


『ハハッ! 危険な場所に飛び込もうというのに何だこの高揚は』


 吾輩は助走をつけ、踏み切って飛ぶ。そこに迷いは無い。


『待っていろ人類。吾輩が今支配してやるからな!』

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