-11削り節- 猫は事件を追う<3>
若い警察官が制止を振り切り燃え盛る家の中へと突入する寸前。
吾輩は全身の毛を縮らせて人類の前へ降り立った。
「ねこ助! ねこ助を助けてくれたの?」
「うなん(そうだ)」
吾輩に駆け寄ってきた娘に、少し煤けたぬいぐるみを渡した吾輩は周囲に視線を巡らせる。
絶対に犯人は見ている筈だ。
野次馬も警察官も母子の視線も吾輩に向く中で、必ず火を見てる人間がいる。
「お母さんと娘さんは一度こちらの車で休みになられては?」
「娘だけお願いします。今日は体調がすぐれないみたいで早退してきたんです」
吾輩が犯人を捜している間に救急隊の一人が母子へ声を掛け、娘を連れて野次馬とは逆の方向へ連れて行く。
大切なぬいぐるみを取り戻した娘は大人しく、気にはなったが今はそれどころじゃない。
注意深く一人ずつ視線の先を追っていくと……。
『居た』
その男は燃え盛る火を見ながら野次馬をかき分けて現れた。
辺りを見回し誰かを探す男に娘を見送った女性が気づき声を掛ける。
「あなた! 家が、家が燃えてッ!」
「キミと有紗は無事か?」
「ええ! 有紗も無事よ!」
あなたと呼ばれた男、この家の主人は妻を抱きしめ、二人が無事ならば良いと安堵する。
主人が落ち着いたのを見計らい、中年の警察官が男に近づき状況を説明し始めると主人は喚き散らしはじめた。
「ご主人、どうやら庭先で火災が発生したようでして」
「庭先で出火ですって? 放火しか考えられません、早く犯人を捕まえてください!」
「まだ放火とは断定できませんが全力で捜査に当たります。落ち着いてください」
「落ち着けるか! 妻と娘が居る時を狙って火を放つなんて許せない!」
散々中年の警察官に誹謗中傷とも言える言葉をぶつけた男はスーツのポケットから煙草を取り出しライターで火を付けた。
「……申し訳ない、消火には時間が掛かるだろうから。少し頭を冷やしてきます」
主人は野次馬を睨みつけ道を開けさせ、現場から離れようとする。
その前に吾輩は立ち塞がり、若い警察官が背後から声を掛ける。
「なんだこの爆発した猫?」
「ああ、その猫は娘さんのぬいぐるみをあの火事の中取って来てくれたんですよ」
「ああ、ねこ助だったな。ありがとよにゃんこ」
男は吾輩に礼を言い、若い警察官はにこやかに、賢い子ですよね、とだけ言う。
「ところでご主人、奥様はまだ混乱しておりまして。連絡をお願いしたいのですがよろしいでしょうか?」
「妻は有紗は無事だと言っていたが?」
「そうですね、ご主人が奥様に無事か聞いたのでそうお答えになっていましたね」
若い警察官の質問に主人は怪訝な表情をする。
「何が言いたい?」
「いえね、まだ娘さんは学校で授業を受けている筈の時間だなと思いまして。だからなんで娘さんが家にいる前提で聞いたのかなと」
ちょっと気になっちゃって、と笑って聞いてはいるが完全に疑っている。
否、疑っていると言うよりも犯人と分かっているから自供させようとしていると言った方が正しいな。
「早退して来ているんだろう。野次馬をかき分けている時にキミたちが連れて行くのを見た」
「へぇ……奥様のことは探されていたのに娘さんは見つけられたんですか?」
若い警察官は静かに嗤った。
「下手な嘘は止めた方がいい。アンタは喋る程ボロが出るタイプだ」
完全に人が良くて人気者の警察官がする顔じゃない。
それと主人、貴様も逃げ腰全開はやめろ、もうちょっと推理パートを楽しませろ。
「あなた……? なんで有紗が早退した事を知って……?」
ああ! やめろ奥さん、無理やりボロが出た所を突っ込むな。そこは読者が楽しむところなんだよ!
歯痒いが吾輩にはどうにも出来ないのが悔しい。
「そ、そういえばぬいぐるみがねこ助だったことも知ってたぞあの男!」
「ってゆーかウチそこの電柱で男がコソコソしてんの見てたんですケド」
「そういえば今朝商店街でスプレー缶みたいなの買ってたなアイツ」
やめろやめろ、情報過多になるだろうが!
ほぼ確実に犯人だが法で裁かれるまでは容疑者。
犯行現場を押さえたわけでもないからそんなに叩くな。正義ってのは一種の武器だ、むやみに振るうものじゃない。
「クソッ! 面倒くせぇ、全部燃やすしかねぇなぁ!」
完全に四面楚歌の様相になった主人は百均のライターを両手に持ち、火花を散らせる。
ちょっとだけ先が読めるがこの場にヒーローなんてものは居ないからやめろ。
「やってやるよ! くらいなッ【灼熱の爆熱】ぅ!」
名前ダッセェェェェ……。
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