-9削り節- 猫は事件を追う<1>

 吾輩は猫である。名前も玉も無いただの猫だった。

 何故過去形なのか? それは1時間前、神を名乗る銀髪の女から人類を支配し未来を変えろと告げられたのがキッカケだ。

 神に選ばれた猫などただの猫である筈がない。

 その神から手始めに命令されたのはこれから起こる放火事件の犯人を捕らえる事。

 しかし放火犯の行方も分からなければ、狙われる家も分からない。

 そんな状況で吾輩は商店街近くの住宅を一つずつ見て回っていた。

 放火犯を見つけた所でどうやって捕まえたらいいのか、その案も浮かばないままひたすらに。


『ん? 放火犯が分からないのは当然じゃないか。神の口ぶりからして事件が起こるのは確定事項、吾輩は火事をいち早く突き止めるべきか』


 その考えに至ったのは放火事件の予定時刻寸前であった。

 そして手頃に屋根に上れる民家を探し、登った時に鼻に煙の匂いがつく。

 見つけた。

 ここから5軒先の庭先で倉庫から出火しているのが見えた吾輩は屋根伝いに現場へと駆ける。

 周辺に人の気配は無く誰も出火には気づいていない。

 吾輩は庭先から家の中へ向かって大声で鳴いてみせるがそれにも気づかれることが無いまま時間だけが過ぎる。

 誰か居ないかと周りを見渡した吾輩は垣根の向こう側に立つ男と目が合った。


「なぉ~ん! (火事だ、早く人を呼んでくれ!)」


 吾輩は必死に訴えるが猫の言葉は人間には通用しない、それでも火事を見たら普通は通報する筈だ。

 しかし男は薄気味悪い笑みを浮かべてこちらを見るだけで、一向に動こうとしない。


「全部燃えろ……」


 薄気味悪い笑みを浮かべた男はそう呟いた。

 スーツ姿で傍から見れば普通の会社員の男、こいつが放火犯だと吾輩の本能が告げる。


「フシャァァァ! (貴様が放火犯か、捕らえてやる!)」


 吾輩が意気込んだところで体格差は圧倒的。だが付近に人は居らず協力は望めない。

 ならばと、吾輩は男へと駆け、飛びかかろうとした。


──バゴンッ!!


 まさにその瞬間、何かが爆発した音が聞こえ、吾輩の視界から男が消える。

 身体が家の外壁に打ち付けられ、吾輩は一瞬呼吸の仕方を忘れた。


『かはっ……。何が……?』


 爆発音がした方へ目をやると、倉庫の扉が吹き飛び転がっていた。

 火の手は庭先から窓際まで伸び、どんよりと曇った空に黒煙を立ち昇らせる。

 どうやら扉が弾け飛び直撃したらしい。


『我ながら、よく、死ななかったな……ぐっ』


 よろよろと立ち上がった吾輩は男の姿を探すが見当たらない。

 これだけの火事なのにまだ誰も気付かないなんておかしい。


「にゃぁぁぁぁぁぁあああお! (火事だぞ馬鹿野郎がぁッ!)」


 声を振り絞り叫んだ吾輩の声に気づいたのか、火事そのものに気づいたのかは分からないが、ようやく住人である女性が玄関から顔を出す。


「い、いやぁぁぁぁ! 火事、火事よぉぉぉぉ!」


 女性の叫び声に反応した何人かの住民が、女性と同じように窓や玄関から顔を出し様子を確認すると周囲はたちまちパニックに陥った。

 吾輩はパニックに巻き込まれぬように住宅から一旦遠ざかり、屋根の上から状況を確認する。


「やはりこの火災の発生自体は止められないか」


 音も無く吾輩の隣に立った銀髪の神は悲しげに言う。


『誰も止められなかったのか? 人間なら吾輩と違って周囲に危険を知らせる事など容易いだろう』


「神である私もそう思っていたさ。しかし爆発が早まったり、女性にイタズラはやめろと追い返されたり、必ず何かが邪魔をして火災は止められなかった」


 神がそこまで言ったことで、吾輩はあることに気が付く。


『最初から現場が分かったいたのに何故教えなかった……?』


 神に対して沸き上がった疑問は次第に怒りとなり憎悪へと変わる。

 神が話してさえいれば防げる事態を何故何度も繰り返すのか。


「ルールだからだ。神々の掟は絶対であり、未来に関わる情報の詳細を語ることは禁じられている」


『1時間後に放火事件が起きることは詳細じゃないと?』


「そうだ。詳細の定義を話すことも禁じられている」


 その表情は悔しさを噛みしめた人間そのものであり、吾輩の怒りは神に向けられることなく収まる。

 話せないことが多い中でこの神は何度も猫田町を救おうと模索してきた。

 それが事実であると吾輩は認識したのだ。


「お主は怒らぬのだな。私は時代を問わず幾度となく人に力を貸してきたが、罵りもせず受け入れたものは少ない」


『怒りの感情を無駄とは言わないが、今は放火犯を捕らえるべきなのだろう? やるべきことを見失っては意味がない』


 神は目を丸くして吾輩を見た。

 当然の事を言っただけの吾輩は再び周囲を見回し始める。


「やはりお主は賢いよ。庭先で犯人を見つけたのはお主が初めてだしな……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る