-4削り節- 王vs帝

 まず最初に吾輩わがはいから言いたいことがある。

 この女は誰だ?いつもの美人な女子大生はどこだ。

 部屋も匂いも確かに女子大生と同じではあるが……。

 何かがおかしいっ!

 目は小さいし眉毛は無い。

 様子を見るためにシュバルツオッドアイを偵察ていさつに送ったが、あのブラッシングの手腕しゅわんはこの部屋に住む女子大生のもので間違いない。


「にゃん……(そうか、整形っていうものをしたんだな)」


「何そのチベットスナギツネみたいな表情?! 絶対失礼なこと考えてるでしょ」


 何だと? 吾輩の思考を読んでいるのかこの女子大生。

 ちなみに吾輩はこの女が女子大生では無いことは承知している。

 では何故そう呼ぶのか。その答えはただ一つ、この女の名を呼びたくないから。

 ミカドだぞ帝。

 帝。その意味と成り立ちはこうだ。

 

『象形。地上に降りた神が寄りかかるための机の形にかたどり、宇宙の最高の神の意を表す。のち、天下を治めるきみの意に用いる。(出典『角川新字源 改訂新版』、KADOKAWA)』


 天下を治めているのは吾輩だぞ。断じてこの女では無い!

 吾輩は博識はくしきゆえに出典元も知っている。


「いきなり本を倒さないでくれるかな?! その辞典重いんだから怪我しちゃうでしょ!」


 そう言って女は吾輩の脇を掴み持ち上げる。

 屈辱くつじょくだ、王たる吾輩を好き放題しやがってこの眉無しが。

 滅茶苦茶に伸びてやるから覚悟しろ。


「ああああ! いつもより縦に伸びてるんですけど! 嘘でしょ、そんなには伸びないでしょ!」


 どこまで伸びたかは秘密だ。

 しかし驚愕きょうがくする様を見るのは楽しい。吾輩は愉悦ゆえつひたった眼差しを女に送る。


「きょ、今日のらいおん君Sっ気たっぷりじゃない? 私が今日こそらいおん君を落としてやろうとしたのに気付いてる訳?」


「にゃ?! にゃにゃ! (落とす?! この女、吾輩を床に落下させるつもりか!)」


「ああああ、暴れないでぇ! 落とすの意味が違うからぁ!」


 吾輩は伸びた胴体をうねうねと揺らし女の手から逃れようと抵抗する。

 必死に吾輩を抑える女、うねる吾輩、絶頂を迎えたシュヴァルツオッドアイ。

 この部屋は混沌で満たされていた。


「にゃぉ(時間が勿体無いしブラッシングされておくか)」


「急にさとらないでよ、怖いじゃんかよぉ……」


 無の境地きょうちたっした吾輩はうねるのを止め、身を女にゆだねる。

 吾輩をおそる恐る膝に乗せ、頭から尻尾に掛けて背中をいてゆく。


「まずはコームブラシで余分な毛を取る」


 この女、最初は自分で使うブラシで吾輩をブラッシングしていた。

 しかし今は吾輩の為にブラシを何種類か用意している。

 眉無しとか言ってしまったが吾輩に尽くす所は褒めてやらんでもない。


「毛玉が出来やすいのは耳の付け根と足の付け根周り、後は尻尾の付け根! らいおん君のこと、ちゃんと勉強してるんだからね?」


 ほう。猫田町ねこだちょうのナンバーワンキャバ嬢は男だけでなく猫にも尽くすか。

 この話はしょっちゅうこの女に聞かされるので覚えてしまった。


「次はスリッカーブラシだぞ~。どうよコレ、通販で買った奴届いてたんだけど気持ちいい?」


 悪くない。前は先端がとがり気味であったが今回のスリッカーは先端が丸い。

 痛みも無く程よい刺激。ん~、コレは堪らんなぁ……。


「にしし、ちょっと高いの買った甲斐かいがあるなぁ。ノルウェージャンフォレストキャットっていう品種なんでしょ? もこもこの野良猫……じゃなかった、長毛種の地域猫なんて珍しいから調べたのよ」


 吾輩がどの様な猫かなど今はどうでもいい。

 それより次のブラシだ、早くしろ女。

 吾輩はもう一本のブラシを前脚でつつく。


「えー、お腹がまだなのにもう次のブラシぃ~? 仕方ないなぁ、せっかちな男はモテないぞらいおん君」


「にゃ(余計なお世話だ)」


 玉が無いから雌猫めすねこの話など吾輩には関係無い。

 女にはしっかりと抗議の意思を見せておこう。


「最後はいつものお気に入りのブラシね。っていうかシュヴァルツオッドアイ君そんなに私のブラッシング気持ちよかったのかな? めっちゃ溶けてるんだけど」


「にゃあん(自信持て、良い腕だから連れて来たんだ)」


 満足気な顔で女は吾輩のブラッシングを続ける。

 集会で皆に散々自慢して、とうとう舎弟しゃていを連れて来てしまったことは他の仲間には内緒だし、この女には死んでも教えぬ。

 どうせ言葉も通じぬからな、気分が良いから褒めてやる。


「はぁ、ウチの子になってくれないかなぁ」


 女はそんなつぶやきと優しい眼差まなざしを吾輩に向ける。

 しかし吾輩はこの女のモノにはならない。

 この女は吾輩の配下の一人、超一流のブラッシング屋なだけだ。

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