-5削り節- 商店街を闊歩する

 超一流ブラッシャーミカドの部屋を出た午前11時。

 吾輩わがはいはシュヴァルツオッドアイを置いて、猫田町ねこだちょうの流通を集中させたこの商店街へとおもむいた。

 念の為に言っておくが、決してシュヴァルツオッドアイの名前が長くて面倒だから置いてきた訳ではない。

 奴は自らの意思であの女の元に残ることを選んだのだ。

 そのまま飼われることは無いだろうが、今後あの女の部屋に入り浸る事は間違いないだろう。


「お、らいおんじゃねぇか! 魚食ってくか?」


「にゃ(まだ昼飯には早い)」


「らいおんちゃん、ウチのお肉の方がいいよねぇ?」


「にゃん(魚屋に喧嘩売るな、睨んでるぞアイツ)」


「らいおん、アンタんちの婆さんに注文してた本が入荷したって伝えといてくれよ」


「にゃあぉん(生憎あいにくとペンも握れないんでな、どうせ買い出しに来るだろうから自分で声掛けろ)」


 まったく、吾輩が知らぬ世界ではシャッター商店街と呼ばれるほどさびれた商店街があると耳にしたが、この商店街はにぎやかにも程がある。こんなに声を掛け合う商店街など他にあるのだろうか?

 外界がいかいの商店街事情はともかく、本屋の奴は許さん。吾輩を顎で使おうなど百年早いわ。


『らいおんさんチャーッス!』


三毛頭サンモウトウか。今日も良い首輪だな、似合っているぞ。』


 吾輩に軽い挨拶をしてきた猫の名は三毛頭信吉サンモウトウノブヨシ

 ミケアタマではない、サンモウトウだ。

 頭に生えた3本のアホ毛が特徴のミケ猫で、首輪をしているが吾輩と同じオスの地域猫。

 シュヴァルツオッドアイに続き変な名前が多いだろう?我ら猫田町の地域猫は人類によって選定された名を授かる。

 我々猫は人語を扱えぬ。人が猫語を扱えぬのもまたしかりだが、人語を理解出来る我々の方が優れているのは言うまでもあるまい。

 そんな人類はご覧の通り名付けが下手だ、センスというものが欠如している。もしかしたら外界にはセンスの良い人類も居るのだろうが、猫田町の人類はとにかくセンスが無い。

 三毛頭信吉の様に姓と名を授かる奴は少なくない。しかし人類は短絡的たんらくてきな事を忘れてはいけない。

 何故ならば……。


「ノブちゃん、らいおんちゃん、ミルク置いておくわね」


「にゃっふー! (あざーっす!肉屋のオバちゃんマジ神)」


 誰も真名で呼ばぬのじゃぁ……! 自分で名付けておきながら、結局呼ぶ時は呼びやすいよう略すんじゃぁ……! クセが凄い名前だけ付けおってからにぃ……。

 コホン。

 故に、たまに真名で呼ばれたら反応が遅れる。

 あれ? それボクの事ですか? みたいになるのは当然であろう。

 それと肉屋のオバちゃんは神じゃない、肉屋のオバちゃんだ。


「にゃふにゃふ(かーっ!マジ美味いわぁ)」


 幸せそうで何よりだよ三毛頭。

 吾輩は献上けんじょうされたミルクに口をつけ、商店街を見渡す。

 この商店街は40の店舗で成り立っており、近くに大型のスーパーや衣料品店が出来ても客が途絶えることが無かった。

 その理由は駅前の商店街であることが大きい。

 外界と猫田街を繋ぐ鋼鉄の箱、電車。

 高速で動く巨大な塊であるそれに人類は乗り、外界へと旅立つ。

 吾輩は猫田の王だ、外界には興味が無い。決して電車が怖い訳ではない。

 話がれたが、老若男女人類全てが集まるこの商店街にはチェーン店のファストフードもあればゲームセンターもある。おいそれとすたれるには人が多いというのが現状だ。

 そんな場所を吾輩が赴いた理由、それは王の務めを果たすためだ。

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