-2削り節- 始まりの朝

 吾輩わがはいの朝は早い。

 一丁目にある木造家屋の縁側の下、そこに宿を構える吾輩は家主の老婆と共に目覚める。

 老婆の朝は新聞を郵便受けから取り出し、ワイヤレスイヤホンを耳に付けて行うラジオ体操から始まる。

 吾輩は目が覚めているがえてその場から動かず静観せいかんつらぬく。

 この老婆は吾輩が家の中で寝らるよう、空の段ボール箱を居間に設置してくれたりと吾輩への奉仕精神が強い。

 だが吾輩は老婆のモノになってやる気はない。

 あくまでも吾輩が住んでやってるのであり、老婆は吾輩が求めるモノを渡せばいいのだ。

 ふはは、残念だったな老婆よ、それ故に吾輩はこの縁側の下という宿からは移る気はない。

 段ボール箱は趣味ではないのだよ趣味では。

 毎度手を変え品を変え、吾輩の籠絡を狙って来るが甘いと言う他ない。


「らいおんちゃん、朝ご飯よぉ」


 ラジオ体操を終えた老婆は自分の飯よりも吾輩の飯を優先する。

 今日はカリカリのご飯か……。


「にゃんおぉ(気分ではないがありがたく頂こう)」


「ふふふ、いっぱい食べるのよぉ」


 老婆は吾輩がご飯を食べ始めるとその場を去る。

 水も忘れず置いておく辺り吾輩の専属具合が板についている。


 かくして朝食を終えた吾輩は、日課である十字路での人類監視を遂行すいこうしていた。

 しかし、いつの間にか寝ていたらしい。

 気配を断ち切り、熟練の暗殺者のごと颯爽さっそうと現れ正面に座る黒猫。

 そいつが吾輩に声を掛けて来なければ、一体いつまで夢にうつつを抜かしていたことか。


『おはようです、らいおんの旦那』


『ああ、おはよう、シュヴァルツオッドアイ』


 長い。コイツの名前長い。

 何だシュヴァルツオッドアイって、見たまんまで名前付けおって。これだから人類の短絡たんらくさには呆れる。


『ど、どうしたんすか旦那、アッシの顔に何か付いてますかい?』


 シュヴァルツオッドアイは困惑こんわくしながら必死に顔を洗う。

 いつも通り青い右眼と黄色の左眼が付いてるイケメンの黒猫だ、安心するがいい。

 吾輩は前脚まえあしを伸ばしながら立ち上がるとシュヴァルツオッドアイに……。


『長いんじゃ貴様の名はッ!』


『ヒィィィ! 更年期っすか旦那ぁ!』


 まだそんな歳ではないわ、失敬しっけいな。

 吾輩はまだ六歳。人間換算で四十歳だ。

 酸いも甘いも噛み分けるにはまだ早い、吾輩の人生、いな猫生ねこせいはこれからなのだ。

 まぁ、いきなりキレた吾輩にシュヴァルツオッドアイは身を縮めて怯えるので、ここは素直に謝罪しよう。もちろん文句は忘れない。


『すまん、キレた吾輩が悪かった。貴様の名はどうにかならんのか?』


『ならないっすよ……』


 不満げなシュヴァルツオッドアイ。

 せっかく猫田町ねこだちょうの人類達が名付けた名前だしな、長いのは諦めてシュヴァルツオッドアイと呼ぶしかない。

 吾輩は雑念ざつねんを振り払うように首を左右に振り、へいの上から降りる。


『少し予定の時間を過ぎたがブラッシングに行くぞ』


 ブラッシングという言葉にシュヴァルツオッドアイは目をかがやかせて吾輩の後ろに続く。


『了解っす、二丁目の女子大生のトコっすね』


 ここからは目と鼻の先。

 二階建てのアパートの階段を登った一番奥の部屋。

 女子大生はいつもこの時間は部屋に居る。

 我々が訪れるのを待ちわびているのだ。

 さぁ人類よ、奉仕の時間だ。

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