吾輩は猫だから人類を支配している

おーやま辰哉

-1削り節- 猫田町の王

 吾輩わがはいは王である。名前はあるが玉は無い。

 人類は吾輩をらいおんと名付け、この猫田町ねこだちょうという世界で吾輩をあがたてまつっている。

 かつては別の名があったのだが、地域猫となる為の洗礼、それすなわち去勢と言うが、吾輩にあるべき筈のフグリが忽然こつぜんと消えたショックで忘れてしまった。

 だが洗礼を乗り越えた吾輩は猫田町に住む人類と動物達を配下とし、世界を掌握しょうあくするに至れた。

 さらば玉……。

 貴様は吾輩の覇道に必要な犠牲だったのだ。


「あ、らいおんおはよー!」


「にゃん(ふん、今日も元気だな小娘)」


 ランドセルを背負った小娘は、毎朝欠かさず吾輩に挨拶をするのが日課だ。

 今日は元気だが小娘は意外ともろい。

 体調を崩した日には、吾輩が小娘の自宅へ足を運んでやらねばならぬ。だから健康でいろ、余計な手間を掛けさせるでないぞ。

 吾輩は毎朝この十字路を通る人類を監視するのが日課なのだ、小娘一人に構ってやる訳にはいかぬ。

 そんな思いは届いていないのだろう、吾輩を撫でるのに夢中になり過ぎだ小娘。


「うわぁぁぁ遅刻遅刻ぅ!」


 この煩い叫びは小娘の姉か。

 パンを咥えながら良く綺麗に発音できるものだと関心はする。

 しかしこのままでは角で同じく走ってくるボディービルダーと衝突してしまう。

 黒光りした上腕二頭筋がたくましいボディービルダーと衝突したら、小娘の姉が吹き飛ばされるのは明白。

 というか既に三度同じ場所、同じ時間、同じ相手と衝突している。


「に"ゃん"! (学習しろバカ姉が!)」


「ふぉあっ?! おはよ、らいおん!」


 ただでさえダンディズムあふれる声を更に下げ、吾輩は姉の前に飛び出し警告する。

 だからどうやって発音を保っているのだこの姉は。

 パンはアクセサリーなのか? 実はくわえてすらいないのか?


「コノ声ハ、サクラジャアリマセンカー。シスターカエデLionルァイォンモオハヨウゴザイマス!」


「おはようございますミスターブラウン。あはは、らいおんが止めてくれなかったら、またぶつかっちゃう所でした」


 吾輩の名だけネイティブに発音するのをやめてくれないだろうか?

 それとバカ姉の桜よ、あははじゃないのだ。心配する吾輩と楓の身にもなれ。


「桜ハ学校間ニ合ウノデスカ? 楓ハ小学校近イデスカラ大丈夫デショウガ」


「いっけない! 早く行かなきゃまた居残り反省文だよ。またねみんな! 楓も気を付けて登校するんだよぉぉぉぉ!」


 走るか叫ぶかどちらかにしろ。

 まったく、毎朝この十字路は賑やかで仕方ない。

 ミスターブラウンはランニングの途中らしく、吾輩達に手を振り行ってしまう。

 小娘の楓も吾輩をひと撫でして立ち上がる。


「じゃあ行ってきます! らいおん、また明日ね!」


「にゃーん(ああ、また明日な)」


 楓が背を向けて歩き出したのを確認し、吾輩は十字路の塀の上へと登る。

 今日はもう少しだけここに居てやろう。

 穏やかな朝の日差しに身を委ね、吾輩は人類の監視を続けることにした。

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