ネレイデスと闇と火

 地上で爆発が起こる。竜咆で吹き飛ばされたイフリートだ。


「トカゲ風情が調子に乗るんじゃねぇ!」


 濃密な魔力を宿した炎を纏い、上空のネレイデスへと飛び上がる。


 爆裂するような音を響かせてイフリートが地上から上空へと紅の軌跡を描く。


「クハハハ! 懲りないやつだ」


 ネレイデスの瞳がギョロリとイフリートを捉える。その瞳には魔力が渦巻いており--


「--がぁ!?」


 イフリートが再び地上へとたたき落とされる。


「何をした……?」


 闇の羊--テネブラエ--が何が起こったか理解できずに問う。ネレイデスは楽しそうに


「さて、なんだろうな?」


 そしてネレイデスの瞳の魔力が再び渦巻き、テネブラエの背後の空間が爆ぜた。


「ぬっ!」


 ネレイデスの方向へ、猛烈な速度で吹き飛ぶテネブラエ。そこへ炎を纏った爪が振り下ろされた--


「--ぬぅぅ!」


 自身へ闇をぶつけることで、強制的に方向を変えてギリギリ爪から逃れる。


「ほう。悪くない判断だ」


 爪に宿らせた濃密な魔力が揺蕩う。そこへ地上から紅の炎球が打ち出された。


 直径10メートルは越える巨大な炎球に対して、ネレイデスは口を大きく開く。


 そして、一瞬で同様の炎球を生成し--打ち出した。


 衝突の衝撃で炎球が爆発し、爆風が吹き荒れた。


「このトカゲが! 俺の炎と打ち合うなどありえん!」


 イフリートが叫ぶ。怒りを露わにし、魔力が溢れ出す。


「ふむ。あの程度、造作もない。大精霊というから、もっと期待していたのだがな。アグニには大きく劣るようだ」


 その言葉はイフリートにとっての禁句だった。変化は劇的だった。


 イフリートの魔力が爆発する。負荷を考えず、己の魔力を燃やす。猛る炎が天を突くように吹き上がる。


「その……言葉を……取り消せ」


 炎の魔神が静かに呟いた。


「ふむ? 何も訂正することはないが」


「……死ね」


 膨れ上がった炎が収束し、イフリートを包み込んだ。そして背後で爆発が起こった。その爆風を利用し、更に自身の魔力で加速。己を弾丸とし、ネレイデスへと爆発を身に纏いながら撃ち出した。


「ほう」


 ネレイデスは瞬時に、前方へ闇の防壁を作り出した。二重、三重、四重と重ねられたそれは、強固な盾だ。


 弾丸と化したイフリートが防壁に衝突--


 -- 一枚目の防壁が破られる。二枚目も僅かな抵抗を見せて霧散。


 三枚目と拮抗するも、衰えない弾丸に貫かれる。そして四枚目--


 --最も多くの魔力で象られた防壁が、炎の弾丸を抑える。


「ガァアアア!」


 イフリートの魔力が更に上昇する。精霊としての命すら削って破壊力を増す。


 そしてついに、四枚目の闇が弾けた。目の前にはネレイデスの開かれた口が広がっている。


「惜しかったな」


 轟と莫大な魔力を収束した竜咆が至近距離で放たれた。


 炎の弾丸はそれでも退かず、ネレイデスへ向けて突進を続ける。しかし、拮抗していたのは僅か。十分に魔力を収束した竜咆は防げない。纏う炎ごと吹き飛ばされる直前--


 --横合いから闇の塊が飛来し、弾丸を弾いた。


「ぐぁ!?」


 イフリートが竜咆の射線から外れ、竜咆が大地に巨大な穴を穿つ。


「正面からは無理だ! 削るぞ!」


 テネブラエがイフリートへ叫ぶ。しかしその叫びは怒りに包まれたイフリートへは届かない。魔力を再び燃やし、轟々と燃え上がる炎が周囲を焼き尽くす熱波を発している。


「この……馬鹿が!」


 全く協力する気のないイフリート。そして大精霊を越える力を有するネレイデスを前に、テネブラエの足が止まる。


(若造が……感情も制御できんとは……ならば利用するまで)


 イフリートが再び己を弾丸として射出する。それをテネブラエの闇が覆い、炎に混じり合った。


「我に同じ手を使うか」


 先ほどの焼き直しのように、ネレイデスが竜咆を放った。そして炎と闇の弾丸に--


 --当たらなかった。


 「む!?」


 あの速度から真横へ飛んだのだ。そしてネレイデスの放った竜咆を躱した。


 そして、そのままネレイデスの背後へと回り込んでいた。


「なめんじゃねぇ!」


 肥大化した炎の右腕が、ネレイデスへと振り下ろされた。


 一瞬見失っていたネレイデスだが、すぐに反応する。その巨大な尾を振り下ろされる炎へ向けて振り上げた。


 あまりに巨大なエネルギーの衝突だった。衝撃波が発生し、轟と大気が揺れる。


「ほう。我と互角に打ち合えるとは、なかなかやるではないか」


「トカゲ如きが俺に勝てると思ってやがるのか」


「クハハハ! 貴様のような馬鹿は嫌いではないぞ!」


「ガァアア!」


 至近距離でイフリートが炎のブレスを吐く。ネレイデスは薄く闇を纏い、ブレスを受け流した。


「こんな軽いのではダメだ。さっきのは悪くなかったんだがな」


 ネレイデスがチラリとテネブラエを見やる。


「言われなくてもな」


 イフリートを覆う闇が増していく。


「テネブラエ! 余計なことするんじゃねぇ!」


「黙っていろ。お主一人では到底叶う相手ではないわ」


「く……」


 イフリートも力の差は理解していた。大精霊である己が劣るなど、許せることではなかったが、事実は事実として理解する頭は持っていた。


「竜の王よ。我らの最大の攻撃、受ける覚悟がお主にあるか?」


 ネレイデスの口角があがる。


「クハハハ! 我を挑発しているのか? いいとも! 受けてやろう! 貴様のいう最大の攻撃とやらをな!」


 闇の羊が不気味な笑みを浮かべる。そして、莫大な魔力が吹き上がる。その全ての魔力を闇へと変質させたテネブラエは、その全てをもってイフリートを覆う。


 その様子を楽しそうに眺めるネレイデス。


 イフリートの魔力も同様に、爆発するかのように肥大化した。そして覆う闇と混じり合うように回転し始めた。


 炎と闇が幾重にも交差して竜巻が収束していく。一メートル程の球に凝縮されたそれは、濃密な魔力で爆ぜる寸前の爆弾のようになっていた。


「なるほど。確かにこれまでとは違うようだ」


 ネレイデスの魔力がゆったりと揺蕩う。そして次の瞬間--


 --空を埋め尽くす程の魔力が暴風となってネレイデスからあふれ出した。


 球状に混ざり合ったイフリートとテネブラエの表情は分からないが、その魔力は動揺するように揺れている。


「どうした。早く見せろ」


 ネレイデスの声に反応するかのように、炎と闇の混じり合った球から--


 --極大の砲が放たれた。


 極大の砲がネレイデスを包み込む直前、ネレイデスが大きく口をあける。


 ひどくゆっくり見えるそれは、しかし砲が届くより早かった。


 ネレイデスから放たれたのは黒い竜咆。しかしその威力は先までのものとは比べものにならないものだった。


 極大の砲と表した先ほどの砲が、まるで豆鉄砲に思える程の巨大さと、それに見合った尋常ではない魔力。


 黒の砲が全てを飲み込んだ。

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