リエルの危機

「そんな魔術師がいるのか?」


「はい。王国の魔法学園の受験で使用された魔法を確認しました。間違いありません」


「……それでそやつを引き込むことはできるのであろうな?」


「手段を選ばなければ。その魔術師の母、王国の前宮廷魔術師を拉致しようかと」


「王国の前宮廷魔術師の子か! なるほど……それは実に面白いな。だができるのか? 前宮廷魔術師はかなり腕が立ったと思うが」


「よーいどんの決闘をするわけではありません。私は暗殺者です。無防備な魔術師など普通の人と何も変わりませんよ。ご安心ください。皇帝陛下」


「頼もしいな。頼んだぞ」


「お任せください」


 暗殺者は音もなく闇に消えていった。帝国と王国は長い間敵対している。本格的な戦争には発展していないが、小さな小競り合いは毎年のように起こっている。


「くくく。その魔法使いさえいれば、ついに王国の息の根を止められるかもしれんな」





「リエル、いるか?」


 やはりルシウスのことが心配だ。大丈夫だろうか。リエルともっと話さねば。


「リエル? おーい……誰だ貴様!」


 部屋に入るとリエルを肩に担いだ黒づくめの人影があった。斬りかかろうとしたが、今は剣をもっていなかった。正体のわからない相手に丸腰は分が悪い。くそ、どうしたら……


「旦那様!」


 「ミーア! ナイスだ!」


 このタイミングで俺の剣を持ってきてくれるとはさすがだ! ミーアは魔力関知が得意だからな。この男はうまく隠しているようだが、リエルの魔力が急に乱れたことで気づいたんだろう。これであの男を……まさかリエルを盾にするつもりか? 見た限り暗殺というよりはリエルを担いでいたのを見るに誘拐の類かと思ったのだが……


「どういうつもりだ」


 どちらにしてもリエルを盾にされたら俺には手が出せない。この男が隠していた雰囲気を隠さなくなってからはピリピリとした空気を直に感じている。この男は強い。リエルを避けながら戦ってどうにかなる相手じゃなさそうだ。


「この女ごと私を斬ったらどうですか? ほら、逃げないから斬ってみてくださいよ」


「この外道が! リエルをどうする気だ! 何が目当てだ!」


「さて、なんでしょうねぇ」


「ふざけるな!」


「すぐに分かりますよ。すぐに、ね。それでは斬っていただけないようなので、これで失礼させていただきますよ」


 くそ! リエルを盾にするとは。絶対に許さん。リエル、待ってろ。すぐに助けてやる。



「あ、ミーア。ただいま」


「ルシウス様! 奥様が!」


 一体どうしたんだろう。ミーアのこんなに慌ててる姿を見るのは初めてだ。それにしても母さんの魔力がないみたいだ。どこかに出かけてるんだろうか。


「落ち着いて。母さんがどうしたの?」


「……さ、浚われました!」


 浚われた? 母さんが? 何故? いや、そんなことはどうでもいい。浚うような相手だ。母さんが何をされるか分かったもんじゃない。一刻も早く助けにいかないと。


「相手は分かってるの?」


 とはいえ相手が分からないと何もできない。少なくとも俺が魔力関知できる範囲にはいないようだ。


「いえ、旦那様は先ほど相手を追って出ましたが……」


 その時だった。玄関に矢文が突きたった。この世界にも矢文ってあるんだな。と思ったら魔法で生成された矢だったらしく突きたった後、文を落として跡形もなく消滅した。


「それはまさか……」


 このタイミングでの矢文、まず間違いなく母さんを浚った連中だろう。内容は……


【ルシウス=フォン=ヴァルトシュタイン

貴様の母は預かった。無事に母に会いたければオルデンブルク帝都の城まで一人で来い。一時間毎に貴様の母の指を折っていく。なくなったら次は四肢にしようか。安心していいぞ。人は思ったより簡単には死なない。少しくらい君が遅れても問題ないとも】


 溢れる魔力を抑えることができない。ナメたことをしてくれる。本当に。俺の力がバレたのか? いや、そんなことはどうでもいい。母さんを巻き込むとはな。

 いいだろう。売られた喧嘩だ。買ってやる。帝国だかなんだか知らないが、俺の家族に手を出したことを後悔させてやる。ミーアが何か言っているが何も聞こえない。すぐ、本当にすぐだ。母さん、少しだけ待ってて。

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