さすがに全員で話を聞こうとするとジュールに訝しがられるので、代表してダニーとアイリーン、そしてバーランドが彼から話を聞くことになった。


 仕事の邪魔をしてはいけないので、時間があいたときに少し話をさせてほしいと頼んでみると、ちょうど三十分後から手があくと言われた。

 部屋に呼びつけるとジュールを緊張させてしまうから、一階の食堂を使わせてもらうことにする。

 アイリーンとダニー、バーランドの三人でお茶を飲みながら待っていると、ほどなくしてジュールがやってきた。


「それで、改まってどうされたんですか?」


 ジュールが椅子に座ると、食堂の給仕担当であるマルゴが彼のために白湯に蜂蜜とレモンを落としたものを持って来た。ジュールはこれが好きらしい。


「急にこんなことを訊いて申し訳ないんですが、このあたりで一年前に起こったと言う出来事を教えていただけないでしょうか? ほら、昨日、一年前の件のせいで客が減ったと言っていたでしょう?」


 ダニーが単刀直入に訊ねると、ジュールはわずかに眉を寄せ、それから息を吐きだしながら言った。


「それは……、かまいませんけどね。この町に住む人間は全員知っていることですし。ただ、聞いて楽しい話ではないですよ」

「それでもかまいません。ちょっと、気になることがあって」

「わかりました」


 ジュールは頷いて、マグカップを両手で包み持つと、気が重たそうに口を開いた。


「一年と少し前のことです。詳しいことは知りませんが、ここからほど近いところにある王家の離宮に、王家に関わりのある方が療養のためにいらっしゃいました」


 おそらくそれは第一王子ニコラスのことだろう。町の人間には、詳細は伏せていたようだ。


「それから少し……一か月くらい経ったあたりでしょうか。離宮で働いていた人間が、老執事一人を残して全員死んだんです。突然のことでした。何故そのようなことが起こったのかはわかりませんが、誰かは王都で流行っている疫病に王家の方が感染していて、それが皆に移ったのではないかと噂する人間もいます」


 アイリーンはダニーとバーランドと顔を見合わせた。十中八九、離宮の裏庭の墓の正体はそれだろう。


「それで……、執事の方はどうされたんでしょう?」


 ダニーはまず、使用人の中で一人だけ生き残ったと言う執事の存在を確かめることにしたようだ。

 ジュールは首を横に振った。


「まだ離宮にいると思いますが……誰も近づこうとしませんのでわかりません。最初のころは、マルゴの姉が注文されたパンを届けに離宮を訪れていましたが、その……」


 ジュールはちらりと遠くにいるマルゴを見て、声を落とした。


「ある日……、離宮の人間が一度に死んだあの日から一週間ほど経った頃のことでしょうか。マルゴの姉……バベットは、失踪したんです。パンを届けに行ったきり、そのまま……。離宮に確認にもいきましたが、パンを届けてそのまま帰ったと。王家の方がいらっしゃるので、それ以上問い詰めることはできませんでしたし」

「離宮に新しい使用人が来た気配はありましたか?」

「新しい使用人ですか? どうでしょう……それはないんじゃないかな。少なくともこの町では、誰もが恐れて近づこうとはしませんでしたから」


 アイリーンは顎に手を当てた。


(元気な姿で王都にいらっしゃるから当然だけど、使用人の方たちが一斉に亡くなったけれど、ニコラス殿下は生き残ったのよね? ダリウス殿下の手紙に会ったリリーとヴィンセントも。つまり、しれから王都に戻るまでの間、殿下とリリー、ヴィンセントとその老執事のかた四人だけで生活していたってことかしら? 王族が? ……どうして新しい使用人を雇わなかったのかしら?)


 王族、それも病弱なニコラスが療養中ならば人では多いに越したことはない。普通ならば、新しく使用人を雇うだろう。だが、新しい使用人を雇えば、彼らがドーランの町に買い出しに来たり、配達に訪れた人間と顔を合わせることはあるはずで、それだけ凄惨な事件のあとであればすぐに噂に登るはずだ。つまり、ジュールの言う通り新しい使用人は雇われなかったということになる。

 ジュールはそこで、思い出したように顔をあげた。


「そう言えば一人……、女性が一人。見たことのない顔の女性でしたが、事件があって少しして、たまに町に買い出しに降りてくる方がいらっしゃいました。線の細い、お綺麗な方で、でもまるで人形のように表情に乏しい方だったから気味が悪いなって噂になったんです。ええっと……名前を何と言ったかな。斜め前の時計屋のおじさんが名前を聞きたしたんですけど……」

「もしかして、リリーですか?」

「そう! そうです! リリーと名乗られたそうです。ほかの質問には一切答えてくれなかったそうですが、名前を聞き出すことには成功したって時計屋のおじさんが得意げに自慢していましてね」


 やはり、リリーは離宮に存在したようだ。だが、ジュールが見たことのない女性だと言うあたり、リリーは町の人間ではないのだろう。ダリウスに素性を洗ってほしいと言われたが、出だしは芳しくない。

 ダニーは「最後にもう一つ」と指を一つ立ててジュールに訊ねた。


「その老執事の方は、今も離宮に?」

「わかりませんが、町に戻ってきていないので、おそらくは。彼はもともと、この町の前町長の弟なんです。それで、離宮の管理を任されて。ずっと住み込みで離宮にいるんですよ。町長に聞けばわかるかもしれませんね。王家の方がいらっしゃらない間は、定期的に町長の息子が食料などを届けていましたから」

「そうですか。どうもありがとうございます」


 ダニーが礼を言うと、ジュールはにこりと微笑んで、マグカップの中身を一気に飲み干して席を立った。

 ジュールが食堂を出ていくと、ダニーが冷めた紅茶を飲みながら言った。


「離宮へ行って確かめましょう。その老執事が離宮に残っていて、墓の管理をしていると言うのならば、彼から一年前の事情を聞き出せるかもしれません」

「そうですね」


 アイリーンはこくんと頷いて、それから離れたテーブルを拭いているマルゴを見やった。


(お姉様が失踪したなんて……)


 いつも明るく笑っているマルゴはきっと、心の中では今も失踪した姉を心配しているだろう。離宮を探ることで彼女の姉のバベットの情報も手に入らないだろうか。

 ルビーのことを最優先にしなくてはならないアイリーンには、他人のことに首を突っ込んでいる暇はないのだが、早く失踪したと言うバベットが見つかればいいなと思った。

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