「墓地? 離宮の……王家の離宮の裏庭に? 馬鹿な」


 衝撃から立ち直ったのはフィリップが一番早かった。

 王家の離宮の庭に墓地を作るような不敬な人間はいないだろう。常識的に考えてあり得ない。


「普通に考えてあり得ないことですが、事実です」

「……わたしも見たけど、本当に庭一面に墓が並んでいたわよ」


 なるほど、キャロラインの様子がおかしかったのは、思わぬところで大量の墓を目の当たりにしたからのようだ。アイリーンだって、あり得ないと場所が墓地にされていたらぞっとするだろう。


「それだけではありません。離宮は無人で、鍵もかかっていました。玄関の雪を掃いた形跡がないことから、しばらく人が来ていなかったのかもしれません。ただ、墓には花が添えられていたので、墓には誰かが来ているようですが」


 ここで、ふとファーマンが思い出したように顔をあげた。


「ずっと違和感があったんですが、今わかりました。墓に花が供えられていたにも関わらず、離宮の玄関から裏庭に続く道に足跡がありませんでしたね」

「「「……」」」


 ファーマンが何気なく言った一言に、アイリーンたちは沈黙した。

 足跡がない? それはつまり……つまり……

 アイリーンは思わず、隣の椅子でお行儀よくおすわりをしてお菓子を食べていた小虎を膝の上に抱きかかえた。

 キャロラインが自分の腕を抱きしめて、隣に座るダニーを見やる。

 バーランドもフィリップもマディアスも蒼白になった中、ダニーだけが飄々としていた。


「なるほど、盲点でした」

「ちょ、ちょっと! なにが盲点なのよ‼ ま、まさか、お、お、おばけとか、言うんじゃ……」


 キャロラインが代表して、ダニーとファーマン以外の全員の脳裏をよぎった単語を口にする。しかしダニーはあきれた顔をした。


「何寝ぼけたことを言っているですか」

「だ、だって」

「なんでおばけが墓に花を供えるんです。非常識な」


 キャロラインが「あんたにだけは言われたくないわよ」と言わんばかりにダニーを睨みつけた。

 だが、ダニーがきっぱりと否定してくれたことで、アイリーンはほっとして胸をなでおろす。あいリーンだって非常識だと思わなくもないが、「足跡がない」「誰かが花を供えていた」と言われると、足跡がつかない何かを想像してしまっても仕方がない。現にダニーとファーマン以外の全員がそれを想像したはずだ。


「でも、じゃあなんで足跡がなかったのよ!」


 キャロラインが拗ねたように言えば、ダニーがやれやれと肩をすくめた。


「そんなの決まっているじゃないですか。裏庭に続く扉から出たからですよ」

「……はい?」

「だから、誰もいないと思っていたのがそもそも間違いで、実際にはあの離宮の中に誰かがいたのでしょう。玄関にも足跡がありませんでしたからね。思い出してみてください。裏庭には俺たち以外の足跡が残っていたでしょう?」


 アイリーンはぱちぱちと目をしばたたいた。なるほど、そう推測できるのか。言われてみれば確かにしっくりくる。


「え? じゃあ、わざと居留守を使ったってこと?」

「そうなりますね。どうしてかはわかりませんけど」


 キャロラインが疲れたようにテーブルに突っ伏した。バーランドが「行儀が悪いぞ」と注意をするが、起き上がる気力もないようだ。


「……怖がって損したわ」

「俺は意外でしたけどね。あなたがおばけの存在を信じているとは思いませんでした」

「うっさいわね! これだけ不思議なことが続けば、おばけだっているかもしれないじゃないの!」

「そうですね。もし本当にいるなら後学のために会ってみたいです」

「……もういいわ。しばらく話しかけないで」


 アイリーンはキャロラインがちょっとかわいそうになって、彼女に小虎を差し出した。キャロラインは小虎をぎゅうっと抱きしめると、もふもふの毛に顔をうずめる。小虎がキャロラインを慰めるように、「がぅ?」と鳴きながら前足でぽんぽんとキャロラインの腕を叩いた。


(キャロラインって、怪談苦手じゃなかったんだけど、さすがにお墓を見たあとは怖いわよね)


 実際に墓地にされていた裏庭を見ていないアイリーンでさえゾッとしたのだから、その光景を見たあとのキャロラインが怖がっても仕方がないと思う。

 ダニーはどうしてキャロラインが怒っているのかわからないとばかりに首を傾げて、話を続けた。


「ですから、ジュールさんに話を聞こうと思っていたんです。ほら、一年前に何かあったようなことを言っていたでしょう? 関りがあるのかどうかはわかりませんが、可能性はあると思います」

「確かにな」


 バーランドが頷いた。

 アイリーンも、ジュールが「一年前の例の件」でこのあたりに客が来ないと話していたのを思い出した。ダニーが見た限り、墓に刻まれた没年が一年前なら、同じ件かもしれない。


「俺たちが離宮で見たものは以上ですが、遺跡では何があったんですか? 何かあったような口ぶりでしたが」


 アイリーンはバーランドたちと顔を見合わせた。代表してバーランドが口を開く。


「ああ。まず一つ目。これが一番厄介なんだが、聖女の棺が暴かれ、ルビーが持ち出されていた。だが、物取りの犯行とは考えにくい。ルビー以外の宝石類はすべて棺に残されたままだったからな」


 するとダニーが眉を寄せて顎に手を当てた。


「……まさか一番可能性の低いパターンが来るとは思いませんでしたね。つまり、ルビーの本来の意味を知っている人間が持ち去ったかもしれないと言うことですね」

「そうなるな」

「わかりました。今後の作戦を練り直す必要がありそうです。それで、一つ目と言うことはまだあるんですよね?」


 さすがダニーと言うべきか。アイリーンたちは少なからず動揺したのに、彼はさほど動揺することもなくバーランドに話の続きを求める。

 バーランドはフィリップを見た。ここから先は彼の方が適任と判断したのだろう。フィリップも首を縦に振って、あとを引き継ぐ。


「遺跡に白骨死体があった。骨格からして男だろう。死後一年は経っていると思う。そして、これが一番の問題なんだが、その遺体の着衣に、グーデルベルグ王家の紋章があった」

「……そうですか」


 ダニーは考え込むようにうつむいて、それから顔を上げると、迷いなく言った。


「では、ジュールさんに話を聞いたあと、明日にでも全員で離宮へ向かいましょう。王家の紋章の入った着衣であれば離宮から持ち出された可能性が高いです。うまくすれば、ルビーの手掛かりもあるかもしれません」

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