「白骨化しているから判断がつきにくいが……、少なくとも死後数か月以上は経っているな。体格からして男だろう」


 バーランドが遺跡の中の白骨死体を確認している間、アイリーンは階段の下段に腰を下ろして、その様子をぼんやりと見つめていた。

 バーランドもそうだが、フィリップもマディアスも、死体を発見した驚愕からすぐに立ち直り、その見分をはじめるあたり、死体に耐性がつきすぎていると思う。

 アイリーンもオルツァの町で襲われたときといい、それ以前といい、聖女になってからというもの死者を目にする機会が格段に増えたが、だからといって慣れるものではない。


「があぅ?」


 小虎が「大丈夫か?」と言うように顔をこすりつけてくる。アイリーンは小虎の頭を撫でて薄く微笑みながら、どうしてここに死体があるのだろうと考えた。

 死体のある場所からずっと奥には、真っ白い棺がある。その棺には太い鎖が巻きつけられていて――、アイリーンはそこでハッとして立ち上がった。


「バーランド様! 棺が開けられています!」


 鎖につながった鍵が開いている。鎖も一部が棺から外れて床に落ちていた。死体を見分していたバーランドが弾かれたように顔をあげて棺を振り返る。

 小虎が棺に向かってタッと駆けだした。

 アイリーンも急いであとを追いかける。


「鍵が開いている。棺を一度暴いてそのあとで元に戻したのか……」


 そう言いながら、バーランドが棺の蓋に手をかけて、小さくこくりと息を呑んだ。これは棺だ。中身が持ち出されていない限り、この中には千年前の聖女の遺体が治められている。千年も経っているのだ、すでに腐敗が進み、白骨化しているのは間違いないが、棺を暴くのはやはり勇気がいる。


「がう‼」


 小虎が、早く開けろと言わんばかりに大きく鳴いた。

 バーランドは無言でうなずいて、ゆっくりと棺の蓋をこじ開ける。


 棺の中には、経年劣化で変色した、元は白かったのだろうと思われるローブを身に着けた白骨死体があった。彼女が千年前の聖女アメリだろう。アイリーンは手を合わせて瞑目した。

 小虎が棺の中を食い入るように見つめ、それからすっと赤い瞳を細めると、背後の男の白骨死体にむかって駆けだしていく。そして、まるで何かの恨みでもあるかのように、その死体を蹴飛ばした。


「小虎! まだ見分が終わっていない!」


 フィリップが慌てて小虎を止めようとし、そこでハッとする。小虎が蹴飛ばしたせいで、うつぶせに倒れていた死体が反転したのだ。その死体の胸のあたりを食い入るように見つめたフィリップは、振り返ってマディアスを呼んだ。


「マディアス、ここを見てくれ。服の胸元の刺繍だ」

「刺繍がどうかしたの?」


 怪訝そうに近づいたマディアスは、フィリップが指さす刺繍を見て目を見張った。


「これ……」

「ああ。……グーデルベルグ王家の紋章だ」

「王家の紋章? ……この方は、王家に関係する方ですか?」


 アイリーンが不思議に思って訊ねると、フィリップはわからないと首を横に振った。


「しばらく、ここの地には王家の人間は立ち寄っていない。それこそ、兄であるニコラスくらいなものだ。……だが、この死体は、せいぜい死後一、二年といったところだろう。その期間に、王家の人間が死んだという話は聞かないし、そもそも王家の人間が死んだのに死体が転がされたままと言うのはおかしい。葬儀が営まれるはずだからな」

「でも、王家の紋章なんて、おいそれと使えるものじゃないわよ」


 マディアスが言えば、フィリップは頷いて、考え込むように顎に手を当てた。


「……もう少し調べたい。この遺体を持って帰ってもいいだろうか」

「はあ⁉」

「遺体を持って帰る⁉」


 マディアスとバーランドが素っ頓狂な声をあげた。

 アイリーンも茫然とする。遺体を持って帰る? つまり宿に持って帰りたいと言うことだろうか。いやいや、あり得ない。そもそも白骨死体など持って帰ったら宿の人間が卒倒するだろう。ここは何としても止めなければならない。


 バーランドたちもアイリーンと同意見のようで、三人で必死になってフィリップを止めている間に、小虎が再び棺に近づいた。

 そして、姿を子供の姿に変えると、懐かしむように棺の中を覗き込みながら言った。


「ルビー、どこにもないよ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る