ルビーの行方

 ランバース国――


「どこに行くんですか?」


 部屋を出て廊下を歩いていると、本を抱えているサヴァリエとかち合って、メイナード――いや、フォレスリードは舌打ちしそうになった。

 部屋の前に張り付いている護衛を黙らせてようやく外に出られたというのに、また邪魔者だ。行動を制限されるのにうんざりしていたフォレスリードは、この体とよく似た容姿の「弟」を睨みつけるとぶっきらぼうに言った。


「散歩だ」

「護衛はどうしました?」

「ただ庭に降りるのにも見張りが必要か?」

「……あなたが余計なことを言わずおとなしくしていてくれれば、ここまで仰々しく見張りをつけたりしませんよ」


 サヴァリエが聞き分けのない子供に言うような口調で言って嘆息する。


「お前たちにとって余計なことでも、私にとっては重要なことだ」

「その体は僕の兄のものだと言うことを自覚いただけないですかね?」

「だから?」


 フォレスリードとサヴァリエが睨み合う。

 今やフォレスリードも、自分の体が「フォレスリード」ではなく、「メイナード」という男のものだと言うことは理解していた。どうやらここは自分が生きた時代ではなく、そこから千年以上も後の世界だと言うこともわかっている。

 だからこそ余計に、フォレスリードは外に出たいのだ。自分が転生というものをしたと言うのならば、妻のエディローズがこの世界のどこかにいてもおかしくない。


(今度こそ、失わない)


 夫のために命をなげうったエディローズ。せっかく転生できたというのならば、この世界で彼女と再び幸せになりたいと願って何が悪い?

 自分がもう神の子ではないならば、自分自身の幸せを求めてもいいはずだ。

 それなのに、この体の弟だと言うサヴァリエは、フォレスリードの行く手を阻むように彼の前方に回る。

 苛立ったフォレスリードは、彼を突き飛ばして進もうとした。だが。


「ここにいたのか」


 背後から第三者の声がして、フォレスリードは怪訝そうに振り返り、目を丸くした。

 ひらひらと無駄に布面積の多いカラフルな服に、結い上げた頭のてっぺんでカラカラと乾いた音を立てる赤と金色の風車。


(……変な男だ)


 あまりに奇妙な装いの男に、フォレスリードは唖然とする。

 その男――枢機卿の一人に名を連ねるリカルド・キューベックは、フォレスリードのそばで足を止めると、じっとその顔を見つめたあとで言った。


「話がある」

「私にはない」


 できれば関わり合いになりたくなくてフォレスリードは断ったが、リカルドはお構いなしだ。


「そなたの意見は聞いていない。その様子だと逃げ出すのに失敗したのだろう? ――行くぞ」


 さっさと来いとばかりにリカルドは踵を返し、すたすたとフォレスリードが使っている王太子の部屋に向けて歩いて行く。

 サヴァリエによって散歩を阻まれたフォレスリードは、大きく嘆息すると、仕方なくリカルドのあとを追った。


 部屋に戻ると、リカルドは勝手にメイドを呼びつけてティーセットを用意させる。

 渋々フォレスリードがソファに腰を下ろすと。リカルドは茶請けのクッキーを頬張りながら、どうでもよさそうな口調でこんなことを言った。


「闇の力についていくつか確認をしておきたい」

「……知ってどうする?」

「知らねばならぬ」


 本当に変な男だ、とフォレスリードは思った。人のくせに「人」とはどこか違うと思ったのははじめてだ。


(……何なんだ、この男は)


 ユーグラシルに会ったときも、どこか浮世離れした雰囲気を感じた。だが、リカルドはそれとも違う。人なのに「人」が見ることのできるもの以外のものを見ている――そんな妙な気配を感じるのは何故だろう。

 少なからず戸惑っているフォレスリードをよそに、リカルドはティーカップに砂糖を入れながら訊ねる。


「闇の力を使えばどのようなことができる? 例えば死者を蘇生させるようなことは可能なのか?」

「何を馬鹿な……」

「先日。とある邸を襲った八人の男を捕えた。八人のうち、半数以上はすでに事切れており、息のある男たちも重症。さらには念のためにと息のある男たちの手足を縛り、閉じ込めている男の部屋の前には見張りをつけていた。その状況下で、室内にいた見張りの兵士が、重傷者の治療を行うべく城の侍医を呼びに行った僅かな時間に、部屋にいた男たちは忽然と消えていた、別室に安置していた死体を含め八人すべてだ。重傷者が自分たちの数よりも多い死体を抱えて逃亡できるだろうか? 死者が蘇り、重傷者の傷も癒えたとしか考えられない」

「……それ以前に、充分な見張りがついている部屋からどうやって姿を消す?」

「それもわからぬ」


 のんびりと紅茶をすするリカルドを見て、フォレスリードはやれやれと肩を落とした。


「言っておくが、死者を蘇生させることはできない。やり方次第で近いことはできなくもないが、闇の力を制御できるもの以外にそのようなことはできないし、少なくとも私以外にそのようなことができるのは、私の子だったフォーグのみだ。だがフォーグが生きた時代からすでに千年以上がすぎている。今のこの世界に、闇の力を制御できる人間が存在しているはずがない」

「なるほど。ユイファは光の力しか扱えなかったからな」


 フォレスリードは目を見張った。


「……なぜ、お前が私のもう一人の子の名前を知っている?」


 リカルドは空になったティーカップを名残惜しそうに置きながら、何でもないことのように答える。


「我がそのユイファの子、レーガルの転生者だからだ」


 フォレスリードは驚愕のあまり立ち上がった。


「なんだと?」

「といっても、記憶はほぼ持っていない。昔から過去の記憶だろう妙な夢は見ていたが、それだけだ。そなたを前にしても懐かしさなど微塵も覚えぬし、むしろ面倒ごとが増えるのでさっさと消えてくれないかと思っているほどだ。むしろエディローズが死んだあと、そなたが後を追わなければこのような事態は生まれていなかったろうから、そなたのことは非常に疎ましく思っている」


 顔色一つ変えず辛辣なことを吐いて、リカルドはクッキーを口の中に入れた。


「話を元に戻そう。死者が蘇生しないのならば、その八人の男たちはいったいどうやって姿を消したのか。今どこにいるのか。そなたにならわかるのではないか?」


 フォレスリードは動揺を隠せない様子で視線を彷徨わせたあと、自信を落ち着けるように深呼吸をして口を開いた。


「……男たちが消えたという部屋に案内してくれ。可能性はいくつか思いつくが、見て見ないことには判断しにくい」

「いいだろう」


 リカルドは立ち上がると、「こっちだ」と言いながらさっさと部屋を出て行った。

 フォレスリードはリカルドのあとを追いながら、遠慮がちに訊ねる。


「お前の母は……ユイファとそしてフォーグは、私が死んだあと、どうしていた?」


 リカルドは振り返らずに答えた。


「違う道を歩んだ。……一つだけ。レーガルの娘であるアメリは、フォーグの息子ダルスのせいで死ぬ羽目になった。その結果を生んだのはそなたで、レーガルは死ぬ間際までそなたを恨んでいた。だから我もそなたのことが嫌いだ」


 フォレスリードは、もう何も言えなかった。

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