5

 千年前に処刑された聖女アメリの棺があるという旧ヴァーミリオン領へ向かうのは、聖女であるアイリーンと聖獣小虎、キャロライン、バーランド、ファーマン、ダニー、そしてフィリップとマディアスのみとなった。


 護衛としてついてきている第二騎士団の面々はナタージャ侯爵領で留守番だ。これにはバルドワードが難色を示したが、ぞろぞろと護衛を引き連れて移動はできないとダニーが言えば、渋々了承してくれた。


 旧ヴァーミリオン領はナタージャ侯爵領のずっと北にあるが、陸路を通れば王都カハロバに近づくことになる。アイリーンが狙われている今、王都へ近づくのは得策ではない。そのため、ナタージャ侯爵領の東の港からディオル内海に出、そこから北を目指すことになった。


「ここのドリアーニー港から船を使ってケルグ伯爵領へ向かいましょう。そこから陸路で北へ向かえば旧ヴァーミリオン領へたどり着けます。船を使えばすべて陸路を使うよりは早いですし、何より陸路よりは安全です」


 ダニーが地図を指さしながら言った。

 船は、ナタージャ侯爵領の商人の船を借りるそうだ。ケルグ伯爵領へ商品を卸す便があるので乗船させてもらうらしい。その商人の船は執事レイシースの孫娘の夫の船だそうで、交渉は彼があたってくれた。


 出発は慌ただしいが明日らしい。アイリーンは小虎を連れて二階の部屋に行くと荷造りをはじめた。逃げるのに邪魔だからと持ってきていた荷物はオルツァの宿に置いたままだが、着替えがなければ不便だろうとナタージャ侯爵家の使用人たちがいろいろ用意してくれたのだ。アイリーンはその中からできるだけシンプルなワンピースやシャツを選んで鞄に詰めた。


(これでメイナードが助かる。早く見つかってよかった……!)


 アイリーンを捕えようとしたり、ランバース国に攻め入ろうとしていると聞いたので安心はできないが、アイリーンの目的はメイナードを助けることなのだ。ニコラスがランバース国を攻めようとしている目的が『リアースの祟り』ならば、ルビーを再び封印すれば問題ないだろう。とにかく、ルビーを見つけて封印しさえすればすべてがうまくいくはずだ。


 アイリーンは首にかけているスピネルのネックレスと、前王弟ハリソンから預かったサーニャの指輪に触れた。

 ルビーを見つけたらサーニャの指輪を使って仮封印を行い、それを持ってランバースへ帰国する。そしてサーニャの棺にルビーを封印すれば、溢れ出ている闇の力は完全に消える。そうすればメイナードの命は助かるし、闇の力の影響を受けて現れたというメイナードの前世フォレスリードも消え、元通りになるはずなのだ。


 あらかたの荷造りを終えると、アイリーンはベッドの上に寝そべっていた小虎の隣に腰を下ろした。もふもふの背中を撫でれば、小虎が赤い目でアイリーンを見つめて、がうと鳴く。


「ねえ、小虎。千年前の聖女――アメリの棺の中で眠ったって言っていたけど、本当?」


 小虎は黙ってアイリーンを見つめ、しばらくしてのそりと起き上がるとベッドの下に降りた。そして耳と尻尾の生えた子供の姿に変わると、アイリーンの隣に座りなおす。そして、ぎゅっとアイリーンに抱きついた。


「……アメリが死んだのは、僕のせいなんだ」


 アイリーンは目を丸くした。


「え? ……どういうこと?」


 小虎の柔らかい白髪を撫でながら問えば、小虎がいっそうしがみついてくる。


「……僕は、エディが死んだあと、エディの棺の中で一緒に眠ることを選んだ。エディのいない世界で一人ぼっちで生きていくのは嫌だったから。でも、エディの棺は暴かれで、ルビーは持ち出された。……僕は、そのことに気がつかずにずっと眠っていて……、だから、エディの遺体は燃やされて、アメリは殺されることになったんだ」

「待って小虎。光の聖女エディローズの遺体は、燃やされたの? 千年前にいったい何があったの?」


 小虎は顔上げて、きゅっと唇を噛んだ。


「僕が知ってることは多くないよ。さっきも言ったけど、僕はエディが死んだあとでその棺の中で一緒に眠ったんだ。でも千年前、当時のグーデルベルグの王妃がエディの棺を暴いた。王妃はルビーを含め、エディの棺に納められていた宝石類をすべて持ち出して、エディの体を燃やした。……僕は深く眠っていて、気づけなかった」


 小虎が微かに震えているのを知って、アイリーンは彼を膝の上に抱き上げた。あやすように背中を撫でると、小虎がアイリーンの首に腕を回して抱きつく。


「言うのがつらいなら、言わなくても大丈夫よ?」


 小虎はふるふると首を横に振った。


「僕が目を覚ましたのは、エディの体が燃やされたあと……、アメリが僕を起こしに来たときだった。アメリが僕を起こすまで、僕はエディの棺が暴かれたことにも気がつかなくて……、気がついていたらあんな女、かみ殺してやれたのに……!」


 ぽとり、とアイリーンの首元に冷たいものが落ちて、アイリーンは小虎が泣いていることに気がついた。小虎はアイリーンの肩口に顔をうずめて、ぽろぽろ泣きながら続ける。


「アメリは何とか王妃からルビーを取り返そうとした。でもそれが無理だったから、あとのことを父親であるレーガルに任せて、自ら処刑されることを選んだんだ。自分が処刑されても『リアースの祟り』が収まらなければ、きっとみんなもわかるだろうと言って。そして、処刑されたのち、自分がルビーを封印する箱になることを選んだ。……僕がエディの棺が暴かれたことに気づいていれば、アメリが死ぬことはなかったんだ」

「……小虎のせいじゃないわ」

「僕のせいだよ。……そのあと僕は、レーガルと一緒にアメリの遺体をすり替えて、アメリの棺の中で眠った。僕はまた一人ぼっちになったから。ルビーは、グーデルベルグの王妃が死んだのち、彼女とともに埋葬されたのをレーガルが掘り起こした。そうしてルビーは再び封印されて、僕はアメリとルビーを守りながらずっと眠った。そののち、エディの魂が転生したことに気がついて起きたけど、エディの転生者はやっぱり僕をおいて死んでしまって……、アイリーンで、五人目だ」

「小虎……」

「エディも、アメリも……みんな、僕をおいて行くんだ。おいて行かないでって言うのに、ごめんねって言って。……ねえ、アイリーン。アイリーンは、僕をおいて行かないよね? 僕を一人にしないよね? ずっとずっと一緒にいてくれるでしょう?」


 小虎は顔をあげて、潤んだ赤い目ですがるようにアイリーンを見つめた。


「もう、一人ぼっちはいやだよ……」


 絞り出すような声でつぶやいた小虎を、アイリーンは強く抱きしめる。


「大丈夫、わたしは小虎をおいていかないわ……」


 アイリーンが答えると、小虎は安心したように笑って、次の瞬間、小さな虎の姿に戻った。アイリーンの膝の上で丸くなり、泣きつかれたのか、そのまますやすやと眠ってしまう。


(小虎は……)


 光の聖女エディローズが死んだ後、小虎は、いったいどれほどの時を孤独ですごしてきたのだろうか。

 生まれ変わった聖女に出会っても、彼女たちは小虎を残して死んでいく。

 小虎は、どれほどの悲しみを乗り越えてここにいるのだろう。


 アイリーンは小虎の柔らかい毛並みを撫でながら、そっと目を閉じた。

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