6
ひどく寒い――
メイナードはゆっくりと瞼を上げると、夜闇にぼんやりと浮かび上がる天蓋の淵を見やった。
どうしてだろうか、ひどく、凍えるように寒い。
夏が終わり、朝夕が涼しくなったのは間違いないが、木枯らしの訪れもないこの季節に、寒い――?
はあ、と息を吐くと、闇の中だというのに吐く息が白く凍るのが見える。
漠然とした違和感に、メイナードは起き上がった。
凍てつくような寒さにすくみ上りながらベッドから降りる。
しっかりと閉じられているカーテンを開ければ、血のように赤い大きな月が輝いていた。
今夜は、満月だっただろうか?
どうにも思考がまとまらない。
ざわざわと胸騒ぎを覚えて、メイナードはうち扉を使ってアイリーンが使っている王太子妃の部屋に入った。
アイリーンは、寒くないだろうか。
寒さに腕をさすりながら、彼女のベッドに近づく。
けれども、その途中でふと足が止まった。
おかしい――
どうして足が動かないのだろうかとメイナードは自分の足元を見て、鋭く息を呑む。
足首から下が、なかった。
喉の奥で悲鳴が凍る。
メイナードの足首から下は、まるで糸巻きの糸がほどけていくかのように、漆黒の糸になって夜の闇に溶けていく。それは徐々に上に向かって浸食を続けて、メイナードの足を飲み込んでいくかのようだった。
ぞっとして、メイナードはアイリーンを見た。
遠くに見えるベッドの上で、アイリーンは健やかに眠っている。
――アイリーン!
声を上げたはずだった。
けれどもメイナードの口から出るのは、白く凍る吐息だけ。
足が闇に飲まれていくのを感じながら、メイナードはアイリーンに向けて手を伸ばす。
だがーー
メイナードは愕然と目を見開いた。
伸ばした指の先。その指先からまた黒い糸がくるくるとほどけていくようにメイナードの指が闇に飲まれて消えていきーー
――うわあああああああ!
メイナードは声の出ない喉で、悲鳴を上げた。
メイナードは大きく息を呑んで飛び起きた。
肩で息をしながら、額から流れ落ちてくる汗をぬぐう。
「夢……?」
部屋の中は夜の闇が覆っているが、凍り付くような寒さはない。むしろ少し暑いくらいだ。メイナードはベッドから降りて、カーテンを開けた。
見上げた空に浮かぶ月は半分以上が欠けていて、青白い色をしている。
夢か――、安堵しながらも、どうしても気になってアイリーンの部屋に続く内扉を開けた。
そっと室内に入り、ベッドまで近づく。
夢の中のアイリーンは天蓋のカーテンを上げていたが、目の前のベッドには内側の薄いものが一枚だけが閉じられていた。
夏は暑いから天蓋を開けて眠ることが多いけれど、さすがに肌寒くなってきたので薄いカーテンだけ落としたのだろう。
そっと薄布をめくると、アイリーンが健やかな顔で眠っていてほっとする。
念のため自分の手足に視線を向けるが、そこにはきちんと手足がある。
メイナードはアイリーンを起こさないようにそっとカーテンを閉じると、部屋に戻って枕元のランプをつけた。
ベッドの淵に腰かけて、カーテンを開けたままの窓を見る。
(なんて夢を見たんだ……)
メイナードは寝つきがいいほうで、夢もあまり見ない。それなのに、久々に見た夢があんな悪夢なんて最悪だ。
どうせならアイリーンとデートをしている夢でも見せてくれればいいのに。
メイナードはもう一度寝直す気になれず、サイドテーブルから読みかけの本を取ると、しおりを挟んでいたページを開いた。
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