5

 メイナードと二人で城へ戻る馬車の中には沈黙が落ちていた。

 いろいろありすぎて――、本当にいろいろありすぎて、わたしの頭はちょっとついて行かない。

 グーデルベルグの疫病騒ぎもそうだけど、千年前のリアースの祟り……、闇の力とか、封印とか、ルビーとか。話は理解はできたけれど、どうにかできるのかはよくわからない。


 話を聞いたあとで、フィリップ王子はちょっと強張った顔で、ダリウス王子に会いに行くと言った。

 千年前の聖女の棺を見つけるのも、ルビーを探すのも、グーデルベルグでどうにかしなければいけない問題だから、と。

 確かに、わたしたちがグーデルベルグに行って勝手に探し回ることなんてできないから、ここから先はフィリップ王子たちにお任せすることになる。

 けれどもフィリップ王子は追われている身で、おいそれとグーデルベルグに戻ることはできない。だからダリウス王子に事情を説明する必要があるのだけど――、ちょっとだけ心配だわ。


「大丈夫?」


 わたしの頭がぐるぐるしているのがわかったみたい。向かい側に座るメイナードが心配そうな顔をしていた。

 うん、って小さく頷くと、メイナードが立ち上がってわたしの隣に移動してくる。

 指を絡めるように手をつながれて、どきっとして顔をあげると、微笑まれた。


「アイリーンは私が守るからね。心配しなくて大丈夫だよ」


 ……そんなことを言われても、いつかみたいに、わたしを守るかわりにメイナードが傷つくのは嫌だわ。

 守ってくれるって言われるのは嬉しいけれど、メイナードに危ないことはしてほしくない。

 グーデルベルグで起こっている疫病騒ぎ。リアースの祟り。……ルビーのこと。

 もう関わってしまったから、今更なかったことになんてできない。でも――、メイナードはフィリップ王子たちに協力して、そして、グーデルベルグに行くのかしら?

 馬車で一か月半から二か月もかかる遠い大国。

 一度関わってしまったことを、メイナードは途中で見捨てたりなんてしない。

 もちろんわたしだって、グーデルベルグの疫病騒ぎはなんとかしてあげたい。

 でも――、メイナードが危険にさらされるのはいや。遠くに行ってほしくない。だって遠くに行かれたら、何かあったときにわたしが癒してあげられない。


 たぶんわたし、今ものすごく我儘なことを思っているわ。

 メイナードの告白には何も返していない。怖くて返事なんてできない。でも、メイナードにはどこにも行ってほしくない。

 わたし、卑怯なんだと思う。

 メイナードに答えを返さずに、ただこの曖昧な関係の中でメイナードに甘やかされたいと思っている。

 臆病で、ずるくて、とても卑怯。

 そしてメイナードは、そんなわたしに怒らない。

 怒ってもいいのに――、メイナードは、優しいから。


 メイナードにつながれた手を握り返す。

 好きだと言ってくれたメイナード。

 好きか嫌いか、その二択で答えを出すのならば、わたしの中で答えはもう出ている。

 でも、言えない。

 まだ、言えない。

 メイナードの横顔を見上げると、彼はただ、優しく微笑んでいた。

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