16
「バニー?」
メイナードたちと話を終えて、ダニーが城の廊下を歩いていた時のことだった。
城の書庫にもっと手掛かりがあるかもしれないからと閲覧の希望を出したダニーは、メイナードに許可をもらって城の書庫に向かっていた。
城の書庫は限られた人間しか閲覧できない禁書がおかれている書庫と、許可さえ下りれば誰でも入室できる書庫の二つがある。
ダニーに許可が下りたのはもちろん、許可さえ下りれば誰でも入室できる一般書庫の方で、書庫の場所もわかりにくいところではないから場所を聞いて廊下を歩いて――、迷いかけていた時のことだった。
「……ダニーです」
バニーと訊いて反射的に反応してしまうようになったことを少々恨めしく思いながらも振り返れば、鮮やかな色合いの波打つ金髪を揺らしながらこちらに向かって歩いてくるキャロラインの姿が見えた。
白い頬はうっすらと紅潮し、空色の瞳はキラキラと輝いている。
この女はいつも元気だな――、そんなことを思いながらダニーは立ち止まった。
「こんなところで何をしているの?」
「書庫に向かう予定です。あなたこそここで何を?」
ダニーがいるのは城の居住区ではなく、王族や貴族たちが仕事を行う棟である。居住区はこの棟よりも奥にあり、回廊でつながってはいるが、ここは三階。アイリーンが生活している居住区の二階へ向かうなら遠回りもいいところだ。
「お兄様に書類を持ってくるように頼まれたのよ。そんなことより、書庫はこっちじゃないわよ?」
「………、そうですか」
迷ったと白状するのが恥ずかしかったダニーは、小さくそう答えた。
キャロラインは不思議そうに首を傾けて――、ニヤリと笑った。
「あら、もしかして迷ったの?」
「迷っていません」
「そう? じゃあ書庫はどこ?」
「二階の南の部屋です」
「大階段を下りて、どっち?」
「………」
ダニーが沈黙すると、キャロラインは軽やかに笑い出した。
「いいわ。案内してあげる。その前にお兄様に書類を届けてくるから、ここで待っていてくれる?」
キャロラインが妙に楽しそうに笑うので、ダニーは彼女に案内を頼むのを癪に思ったが、ぐるぐると城の中を歩き回る羽目になるのは避けたかった。
渋々頷くと、キャロラインが「待っててね」と言って廊下の奥へと消えていく。しばらくして戻ってきた彼女は、ダニーの手をつかむと、「こっちよ」と引っ張った。
キャロラインは三大公爵家のジェネール公爵の娘であるし、その次兄はメイナードの側近であり騎士団の副団長を務めているから、城へ出入りすることも多いのだろう。まるで自分の庭のように進んでいく。
「それほど複雑な作りの城じゃないわよ」
キャロラインはそう言うが左右対称に作られているからこそ、方角を間違えると目的地と全然違うところに行きついてしまうのだ。ダニーが困ってしまったのは、南と訊いたがどちらが城の南かがわからなくなったせいである。
これが自分の邸ならば、手当たり次第に部屋をあけて回ることもできるだろうが、城でそんなことをすれば完全な不審者だ。
まるで子供のように手を引かれるから、つながれた手が気になって仕方がない。道案内に、手をつなぐ必要はあるのだろうか? というか、年頃の娘――それも公爵家の令嬢が、気安く男と手をつなぐものではないと思うのだが。
しかし案内される側で手を振りほどくわけにもいかず、キャロラインと手をつないで歩いていると、何人かの青年貴族とすれ違った。彼らはみなキャロラインににこやかに話しかけるのだが、それにこたえるキャロラインの様子に違和感を覚える。
キャロラインは彼らに会うと、スッと表情を変えてしまうのだ。取り澄ました――まるで、人形のように感情の読めない完璧な笑み。「ごきげんよう」と挨拶を交わしながら、彼らの誘いを鮮やかにかわす。それでも、ダニーとつないだ手は離さずに。
その様子の変化に、ダニーは、彼女は間違いなく公爵家の令嬢だと納得するのだが、いつも飾らない彼女を見ているせいか、その表情は似合わないなと感じてしまった。
大階段を下りて書庫にたどり着くと、室内に入ったキャロラインは書庫の管理人を捕まえて、ここにほかに誰か来ているかと訊ねた。そして初老の書庫の管理人が首を横に振ると、窓際の席までダニーを案内して、はーと大きく息を吐きだした。
「書庫に誰もいなくて助かったわ。アイリーン、午前中急がしいのよ。昼までここで一緒にすごしててもいい?」
「それはかまいませんけど、俺は本を読むので相手はしてあげられませんよ」
「いいわよ。わたしも本を読むから。書庫を使う許可は取って来たし」
そう言ってキャロラインは立ち上がると、にこにこしながら言った。
「それで、どんな本を探しているの? 書庫は広いから、案内してあげるわ」
ダニーはなにがそんなに嬉しいのだろうと首をひねりながら、キャロラインのあとをついて歩いた。
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