15
ダリウスが王立大学で倒れてから二日が経過したが、彼はいまだに目覚めなかった。
アイリーンが日に二度ほど様子を見にダリウスの部屋へ向かっては癒しの力を使っているが、特に変化は見られない。
ただ、彼に苦しむ様子はなく、穏やかに眠っている――そんな風であった。
ダニーがメイナードを訊ねて城へ来たのは、そんな時だった。
ちょうどその時メイナードは執務中だった。
執務室にはメイナードのほかにオルフェウスとバーランドがいて、執務室には国の機密文書なども置かれているので、執務室の隣の談話室に通されたダニーは、テーブルの上にフィリップから預かっている黒い本をおいた。
「何かわかったのか?」
メイナードの表情には疲労の色があった。彼を一番疲れさせている問題は、ダリウスが目覚めないことだ。侍医もダリウスにはどこにもおかしいところはなく、目覚めないのが不思議だと言っていたが――、万が一ということもある。もしも大国の王子がランバース国内で亡くなったとなると大問題。それは国として何としても避けなければならないし、アイリーンが自分の力不足ではないのかと責任を感じて落ち込んでいるから、メイナード個人としてもどうやってでもダリウスを目覚めさせなくてはならなかった。
おかげで、得意分野でもない医学の書を徹夜で読み漁ってみたり、ダリウスが部屋から出ないことを誤魔化すのに苦心したりと、この二日はとにかく大変だったのである。
「具体的には何のことだかわかりませんが、いくつか読み解けた部分があるのでお伝えに来ました」
ダリウスは本を開いて、そこに挟んであった一枚の紙を取り出した。
「まず、これはフィリップ殿下も言われていましたが、この本には『聖女』という単語が多く出てきます。それから『聖獣』。そして新たに『封印』と『ルビー』、『リアースの神』、『光』と『闇』、『箱』、そして『カクリヨ』」
「カクリヨ?」
「これは誰かの名前、もしくは称号であると推測できます」
「光と闇についてはなんとなくわかるな。リアース神は光と闇の両方の力をつかさどる神だ」
オルフェウスが言えば、バーランドが頷いた。
「だが、それらだけではグーデルベルグの病の解決の糸口にはならない」
「読み解けた部分に一カ所だけ気になる部分がありました。『私は封印のルビーを聖女の力の満ちた箱におさめ二重の封印を施した』――虫食いで一部読めませんでしたが、おそらくこの文章もしくは近い文章で間違いないはずです」
「封印のルビーというのもよくわからないが、ルビーを箱におさめることが何に関係すると?」
メイナードは眉を寄せる。
「ルビーという単語はこの本に何度も登場します。ここからは俺の想像ですけど――、通称リアースの祟りと言われた千年前の疫病は少なくとも、リアース教の何かが関わっていると考えていいでしょう。そしてリアースの祟りという病を止めるのに、『封印のルビー』を『聖女の力の満ちた箱』におさめた。この二つが文字通りルビーと箱なのかはわかりません。俺が言えるのは現状でここまでです」
「カクリヨは?」
オルフェウスが問えば、ダニーは肩をすくめた。
「よくわかりませんが、わからないことを追うよりわかっていることを調べた方がいいでしょう。調べていくうちにわからなかったことへの答えを導き出せることもある。研究の基本です」
「では、ルビーと箱について、か」
「それからリアースの神についてです。これも関わっていると考えていい。正直神様の祟りとかは信じていませんけどね、千年前にこの地――ランバース国のあった一帯だけ無事だったというのも気になります」
オルフェウスは少し考えて、言った。
「千年前、グーデルベルグはリアース神の逆鱗に触れて祟られて、その結果疫病が流行した、と? それをどうにかしたのが聖女でそれにルビーと箱が使われたということか? であれば、現在グーデルベルグで流行している疫病もリアースの神の祟りで、彼らはリアースの神に対して何か冒涜的なことをしたと考えればいいのか? それとも、当時の聖女が疫病を止めるのに利用したルビーと箱の封印が解かれたと?」
「はっきりとは。俺を含め、すべては推測の域を出ていませんから。ただ手掛かりはこれだけしかない。それだけです」
「……リアースの神、か」
メイナードは天井を仰いでから、息を吐きだした。
「気は進まないが、一度教皇を訪ねた方がよさそうだ。千年前のことについて、何か知っているかもしれない」
メイナードをはじめ、教皇が苦手な三人は重たい溜息をついたが、そうとは知らないダニーは頷いた。
「それがいいでしょうね。リアースの祟りが何だったのか、それがわかれば解決の糸口が見つかるかもしれません」
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