14
まさかお酒に酔ってしまうなんて。
次の日目覚めたわたしはベッドの上で頭を抱える。
ジュースとお酒を間違えて飲んでしまうなんて愚かすぎる失態よ。あー、自己嫌悪。
でも、いくらお酒に弱いと言っても、グラスに半分程度のお酒でふらふらになるほど酔ったことはないのに――、緊張していたから酔いが早く回ったのかしら?
「メイナードにお礼言わなくちゃ……」
「呼んだ?」
「え? きゃあ!」
声が聞こえたので振り向いたら、メイナードが内扉に寄りかかるようにして立っていた。
ちょっとメイナード! こんな朝早くから勝手に人の部屋に入ってこないでしょ!
侍女たちが起こしに来る前に目覚めてしまったから、いつも起きる時間よりも早い。それなのにメイナードってば、服を着替えて、きっちり身支度を整えている。
わたしはシーツをたぐり寄せて夜着の胸元を隠すと、じろりとメイナードを睨みつけた。
「そんなところで何をしているんですか?」
「アイリーンが心配だったから見ていた」
見ないでよ!
「……いつからそこに?」
「十五分くらい前からかな? 早くに目が覚めたからね」
ということは、わたしが寝ているのを観察していたってこと?
一応気を使っているつもりなのか、内扉のところに立っていたみたいだから、寝顔をじっくり見つめられるようなことはなかったと思うけど――、それにしても恥ずかしいわ!
「入っていい?」
わたし、寝起きなんですけど?
でも、すでに見られちゃったから、今更よね。わたしが渋々頷くと、メイナードがそばまで歩いてきて、ベッドに腰かける。
「気分はどう? 頭が痛かったりしない?」
「大丈夫です。どこも、おかしなところはないですよ」
「そう、よかった」
「殿下……、その、昨日はありがとうございました」
お礼を言うと、メイナードがふわりと笑う。
メイナードはわたしの前ではよく微笑むけれど、たまに――、そう、こんな風に、とてもきれいに笑うから、ちょっと困る。
メイナードの笑顔には慣れているけれど、たまに見せるこの笑顔にはドキリとしてしまうから。
「今日、家に帰るの?」
わたしが頷くと、メイナードの笑顔が曇る。
「まだ城にいればいいのに」
そう言うわけにはいかないわ。
そもそも、こうして王太子妃の部屋にいること自体おかしなことなのよ。わたしはメイナードの婚約者でも何でもないんだもの。
十八年間一緒にいたから、メイナードのそばにいるのはとても楽。だから、きちんと自分の中で「婚約者じゃない」って線引きしないと、その境界線がすぐに曖昧になる。
前回のときも、今回も、必要だから城に泊まったけれど、この部屋を使うのはやっぱりまずいと思うのよ。
メイナードはこの部屋の方が部屋の位置的に警護しやすいなんて言うけれど、コンラード家と比べると、ほかの部屋だって充分に警護しやすいはずよ。
この先またお城に泊まることがあるのかどうかはわからないけれど、一度きちんと話し合うべきよね?
部屋のことだけじゃない。婚約破棄のあといろいろあって、まるで婚約を破棄したこと自体がなかったかのように感じることがある最近――、一度、二人の関係についても話し合うべきだ。
そう、わたしたちは婚約しているわけでも、恋人同士のわけでもない。言うなればそう――、友人? いいえ、幼馴染かしら?
考えると胸のあたりがチクッと痛んだ気がして、シーツを持った手で胸の上をおさえる。
ちょっぴり淋しいと思ってしまうのは、どうしてかしら。
友人でも幼馴染でも、――メイナードはメイナードだわ。
「あの、殿下……」
何から話そう。まず部屋のこと? それとも、わたしたちの関係?
一夜明けて酔いはすっかりさめているはずなのに、急に頭の中がぐるぐるしはじめる。
言いかけて口ごもったわたしに、メイナードが首を傾げる。
「やっぱり、まだしんどい? もう少し横になっていた方がいい」
メイナードにそっと肩を押されて、わたしは素直に横になる。
だめ。言いたいことがあるのに、言わなくてはいけないのに、何を言っていいのかわからなくなる。
メイナードが幼子を寝かしつけるように頭を撫でるから、ついつい目を閉じてしまうわ。
「おやすみ」
メイナードの声が心地いい。
話は――、あとでいいかしら? 家に帰る前に、あらためて。
そう思いながら眠りについたわたしだったけれど、結局この日、コンラード家に帰ることはできなかった。
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