13
コンラード家――
家長である侯爵と夫人、それからオルフェウスは城のパーティーに出向いていたが、オルフェウスが拾ってきたフィルを一人残して全員外に出るわけにもいかないからと、ジオフロントは邸に残っていた。
フィルの体調は回復したが、彼の探し人はいまだに見つからない。
ジオフロントはちらりとフィルを盗み見た。
彼らは今、メインダイニングで夕食を食べている。
ジオフロントの足元では、小虎が寝そべっていた。アイリーンが城にいるからか、ここ数日、小虎は淋しそうだ。
(どう見ても、良家の人間の所作だ)
フィルの食事の様子に粗雑さはなく、きちんとマナー教育を受けたものだとジオフロントは判断する。
そんな彼がどうして旅をしていたのか気になるところだ。研究のためとは、果たして本当だろうか。
彼の荷物に何冊もの本が詰まっていたのは確かだが、何か他に目的があるのではないかと疑ってしまう。
もちろん、フィルは礼儀正しい青年で、怪しい動きはしていないし、小虎も懐いているからアイリーンに危害を加えるような存在でもなさそうではあるのだが。
二人だけの食卓は静かで、食器やカラトリーの音だけが微かに響く。
メインディッシュを食べ終えて、一息ついたときだった。
ジオフロントの足元でごろごろしていた小虎が突然むくりと起き上がると、丸い耳をピクリと立てて、その赤い目を窓へと向けた。窓の外は夕闇に包まれた庭が広がっている。
「小虎、どうした?」
まるで何かを警戒するような小虎に、ジオフロントが首をひねった直後――、ガシャンッと大きな音が響いて、小虎が駆けだした。
小虎がメインダイニングの扉から外へ出るのと入れ違いで、慌てた様子の執事マーカスがやってくる。
「どうした?」
席を立ちながらジオフロントが問えば、マーカスは険しい表情でこう答えた。
「先ほど一階のサロンの窓ガラスが割られました。賊かもしれませんの、この部屋からお動きになりませんよう」
コンラード家の使用人はメイドからコックや庭師に至るまで武術の心得がある。もちろんジオフロントもそれなりに剣が扱えるが、自分が率先して前に出ると使用人たちが動きにくいのはわかっているので、黙ってうなずいた。
フィルを見れば突然の騒ぎに動揺しているのか、眉を寄せて少し不安そうに扉のあたりを見つめていた。
「フィル君、申し訳ないんだけど少しの間この部屋から出ないでもらってもいいかな? 大丈夫、我が家の使用人たちは――」
武術の心得があってそれなりに強い、とジオフロントが言いかけたときだった。
庭のあたりから大きな悲鳴が上がって、マーカスがダイニングから飛び出していく。
庭に面している窓を開けて、ジオフロントは薄闇の中に目を凝らしたが、さすがに様子をうかがい知ることはできなかった。
我が家の使用人に重傷者が出たのかと心配していると、ややしてマーカスが、苦笑を浮かべて戻ってきた。
「小虎がすべて追い払ってくれたようです」
「小虎が?」
ジオフロントは振り返り、マーカスのうしろからのそのそと室内に戻ってきた小虎を見て息を呑んだ。
自信よりも大きな真っ白い獣に体が強張る。
(そうか、……小虎は大きくなるんだったな)
アイリーンから小虎は聖獣で大きな獣の姿になるとは聞いていたが、ジオフロントがその姿を目にするのははじめてだ。
小虎だと聞いてはいるものの、突然襲い掛かって来やしないかと心配になるほどに、その獣は大きく――、ジオフロントはハッとした。
小虎と知っている自分でも恐ろしいと感じてしまうのだ。フィルは――
「フィル! この獣の正体は小虎だから大丈夫だ」
案の定、フィルは真っ青な顔で目を見開いていた。
「小虎……?」
フィルは愕然とジオフロントと大きな小虎を交互に見やる。
小虎は大きな体のままジオフロントに近づいてきて、褒めてくれとばかりに頭をすり寄せてきた。
ジオフロントが頭を撫でてやると、気持ちよさそうに目を細める。
「ありがとな、小虎。だが、できれば小さくなってくれるとありがたいんだが」
すると、言葉がわかるのか、小虎がこてっと顔を傾げたあとで、しゅーっと風船がしぼむかのように小さくなっていって、普段の大きさに戻った。
ジオフロントは笑って小虎を抱き上げると、わしゃわしゃともふもふな体を撫でる。
フィルは目を見開いたままその様子を見つめて――、口の中で小さくつぶやいた。
「……まさか、聖獣?」
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