4
オルフェウスお兄様が拾ってきたと言った男は二階の客室に寝かされた。
彼の意識はなく、衰弱していたので医師を呼んで診察してもらったところ、出た答えは「栄養失調」。つまり、ろくに食事を取っていないのだろうとのことだった。
「お兄様、あの方をいったいどこで拾ってきたの?」
目を覚ましたら消化にいいものを食べさせてやれと言って医師が帰っていくと、執事のマーカスに彼のことを頼んで、わたしとお母様とお兄様はメインダイニングに集まった。
「城からの帰り道だ。路地裏で倒れてんのを見つけたんだ。こんな暑い中に放っておいたら暑さにやられて死ぬだろ。だから拾ってきた」
なるほど。確かに見殺しにするのは可哀そうよね。
見たところ旅人か何かなのかしら。着ていたものは汚れていたし、髪も髭も伸びていて、日に焼けた手足は驚くほど細かった。
「どこから来たのかしらね?」
「さあなぁ。起きてから訊くしかねぇだろ」
彼を連れ帰る前に、お兄様は城へ遣いをやってお父様に報告はしておいたらしい。お父様からの返事はまだないようだけど、行き倒れていた人を介抱するのを止めるような人じゃないから、大丈夫だと思うわ。
「何かあっても小虎がいるからなー」
お兄様は小虎の頭を撫でながら笑った。
「お前はアイリーンに変な奴が近づいたら噛みつくもんなー。しっかり頼むぞ、聖獣」
わかっているのかいないのか。小虎は頭を撫でられて機嫌よさそうに「がぅ」と鳴いた。
しばらくして、マーカスが呼びに来て、わたしたちは二階の客室へ向かった。
オルフェウスお兄様が拾ってきた男はベッドの上で上体を起こして水を飲んでいた。
くすんだ金髪にエメラルドのようなきれいな緑色の瞳。かなり痩せこけていたけど、品のある顔立ちの男性だった。
彼はわたしたちを見て戸惑ったようだったけど、お兄様が状況を説明すると、ふらつきながらも頭を下げて礼を言った。
彼はフィルと名乗った。年はわたしと同じ十八歳なんですって。意識ははっきりしているみたいで安心したわ。
彼は、よほどお腹がすいていたのか、マーカスが持って来た消化のいいポリッジを流し込むように胃におさめて、一息ついたところで、何かを思い出したように顔をあげた。
「俺の荷物を知りませんか?」
「荷物か? それなら……」
お兄様が部屋の扉の近くにおいていた薄汚れた鞄を持って来た。
「これだろ?」
フィルさんは薄汚れた鞄を急いであけて、中を確かめてからホッと胸をなでおろす。
「これです。よかった……」
「ずいぶん重いが、何が入っているんだ?」
お兄様、人様の荷物を覗き込まない方がいいと思うわよ。
「本、です」
「本?」
「調べものをしながら旅をしていまして……」
「あー、お前、研究者か何か、か?」
「そんなところです」
フィルさんは曖昧に笑った。それ以上はあまり訊いてほしくなさそうな笑み。お兄様、あんまり人様の事情を根掘り葉掘り訊くものではないわよ。
「んで、どうしてあんなところで倒れていたんだ?」
荷物の中身を確認して安心したらしいフィルさんが袋の蓋を閉じると、近くの椅子を引っ張ってきて、逆さまに座ったお兄様が背もたれの上に腕を乗せて訊ねる。どうでもいいけど、行儀が悪いわよお兄様。それに、フィルさんは目を覚ましたばかりだから、あまり無理をさせない方がいいと思うけど。
「それが……、一緒に旅をしていたものとはぐれてしまって。路銀は連れが持っていたものですから食べるものもなくて、とりあえず日陰で休もうとしたところまでは覚えているのですが……」
なるほど、休もうとしてフィルさんが気を失ってしまったところにお兄様が通りかかったわけね。
「そりゃ災難だったな」
すると、それまで黙ってやり取りを聞いていたお母様がはじめて口を開いた。
「じゃあ、そのお連れ様が見つかるまでうちにいるといいわ」
「母さん⁉」
お兄様がびっくりしたように振り返るも、お母様はにっこりと微笑む。
「これも何かの縁でしょ? それに……」
お母様は腕に抱いていた小虎をベッドの上に乗せる。
小虎は真っ赤な目でじっとフィルさんを見つめたあとで、甘えるようにすり寄った。
「ね? 多分大丈夫よ」
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