12

 わたしは転がるようにメイナードのもとに駆け戻った。


 メイナードの持つランプが落ちて地面に倒れる。それが照らすのは数人の男の影だ。


「メイナード‼」


 メイナードのそばに膝をついたわたしは、倒れていた彼を助け起こして――、息を呑む。


 メイナードの服が真っ赤に染まっていて、助け起こしたわたしの手にぐちゅっと濡れた感触を伝えた。


「メイナー……」


「……逃げろって、言っただろ……?」


 メイナードはまだ意識があるみたいだったけど、声はほとんど掠れていて――わたしは焦って癒しの力を使おうとするけれど、わたしみたいな小さな力では、彼の傷を塞ぐことなんてできない。


 こんなときに泣いている暇なんてないのに、わたしの目からぼろぼろと涙がこぼれて視界を悪くする。


「聖女、アイリーンですか」


 メイナードを襲った男の一人がそう訊ねてきたが、答えるわけないでしょ!


 わたしは目の前のメイナードの怪我を何とかすることしか頭になくて、全力でメイナードに癒しの力を注ぐけれど――、効果はほとんどないみたいだった。


「いやっ、やだ! メイナード‼」


 もう意識を保っているのもつらいはずなのに、メイナードはまだ「逃げろ」って口の動きで伝えてくる。逃げる? どうして逃げられるの? 逃げられるわけないじゃない‼


「聖女アイリーン、我々と一緒に来ていただきますよ」


 男の一人がわたしの腕をつかんで力づくで立ち上がらせようとする。


「いや! 放して!」


 わたしは咄嗟に地面に転がっているランプをつかんで投げつけたけど、男はあっさりそれをかわしてしまった。


「手荒なことはしたくありません。おとなしくしてください」


 手荒なことはしたくない? ふざけるな! メイナードを切りつけたくせに!


 触るな、放して――と、わたしは泣きながら暴れまくるけれど、男の人の力にかなうはずもなくて、あっさり押さえつけられた。


 悔しい! 悔しい悔しい悔しい!


 こんなやつ、ぶん殴ってやりたいのに!


「放して! メイナードが‼ メイナードが死んじゃう‼」


 泣き叫ぶことしかできないのに、その口もうるさいとばかりに塞がれて、もう絶体絶命かと覚悟したとき――


 がう、とどこかから低い声がして、その直後、「ぎゃあああ」と悲鳴が上がった。


「なんだ⁉」


 その悲鳴に男の手が緩んだ瞬間、わたしは渾身の力で男を突き飛ばした。


「メイナード!」


 這うようにしてメイナードに近づいて、癒しの力を使おうとして――、思わず息を呑む。


「……え?」


 手のひらが、すごく光るの。


 その光はメイナードの全身を包んで、彼の傷を見る見るうちに癒していく。


 茫然としていると、背後からまた「ぎゃあああ」と声が上がって、振り返ったわたしは目を見開いた。


 銀色の光を身にまとった大きな獣が、まるでわたしを守るように立ちはだかっていて――、二人の男が、血にまみれて遠くに転がっていた。


 グルルル――、とその獣が低く唸る。


 真っ白くて、ところどころ黒い縞模様がある、ふわふわの毛に覆われた獣。背の高いメイナードよりもはるかに大きいけれど、不思議と怖くない。


 男たちは分が悪いと判断したのか、怪我をした二人の男を抱えるようにして去っていく。


「う……」


 メイナードのうめき声が聞こえてハッとすれば、彼の傷はすっかり癒えていた。


 メイナードはゆっくりと上体を起こして、自分の体を確かめるように触れて、「アイリーンがやったの?」と訊ねるけれど、わたしも自信がない。


 だって、わたしの力は小さなもので――、メイナードが負った大きな傷を癒すことができるようなものではなかったはず。


 でも――、あの大きな力は、確かにわたしの手からあふれた。


 メイナードと二人、半ば放心したように見つめ合っていると、がぅっと背後から声がして振り返る。


 黒い縞模様の真っ白い毛並み。赤い瞳。まさかと思うけれど――


「……小虎?」


 半信半疑で呼びかければ、大きな獣がべろんとわたしの顔をなめた。


「嘘だろ……」


 メイナードも茫然としている。そうよね。だって小虎は小さいから「小虎」なのよ。どうしてこんなに大きくなっているの?


 しかもキラキラ光っているし。


「アイリーン! 殿下!」


 状況が読めなくて頭が真っ白になったわたしの耳に、オルフェウスお兄様の声が聞こえてくる。


 騒ぎを聞きつけて来てくれたんだろうけど――遅いわ! もう少しでメイナードが危なかったのよ!


「アイリーン! 悲鳴が聞こえたけど何が――」


 走ってきたお兄様とバーランド様が、「小虎」らしき獣を見て顔色を変える。バーランド様が腰の剣に手を伸ばすのを見て、わたしは慌てた。


「ち、ちがうの! 小虎はわたしたちを助けてくれたんです!」


 小虎が切りつけられては大変と焦ったんだけど――、オルフェウスお兄様とバーランド様は、目玉が飛び出さんばかりに瞠目しちゃった。


「小虎⁉」


「これが⁉」


 うん、その気持ちは痛いほどよくわかるけど――、間違いないと思うのよ。模様も一緒だし、目の色も一緒だし、それに――


「小虎?」


「がぅ」


 ほら、呼びかけたら返事をするもの。


 オルフェウスお兄様は小虎を見つめて、しばらく魂が抜けたようにぼんやりしていたんだけど、突然ハッと息を呑んだ。


「おい、まずいぞ! そいつが小虎なら早く殿下を――」


 あー、ちょっと遅かったみたいね。


 小虎はわたしのそばにいるメイナードをロックオンすると――


「がう!」


 がぶりと、メイナードの頭からかじりついた。

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