9
メイナードから王家の別荘に行こうと誘われたのは次の日のことだった。
メイナードはコンラード家に出入り禁止のため、オルフェウスお兄様が伝言を持って来たんだけど、王都から一番近いところにある王家の別荘の一つに避暑に行かないかとのこと。
王都から馬車で半日ほどの湖のそばに建つ王家の別荘は、確かに涼しい。それに、家の中に籠りっぱなしだとストレスがたまるから、正直メイナードの誘いはとても嬉しい。
でも、お父様が「うん」と言うかしらと心配になったけれど、オルフェウスお兄様もバーランド様も一緒だし、キャロラインも連れて行っていいと言うからか、意外とあっさり許可が下りた。
次の週のはじめにメイナードが迎えに来て、二台の馬車と護衛の騎士たちとともに別荘へ出発する。
一緒の馬車に乗っていたメイナードは、わたしの膝の上で眠る小虎を見て複雑な顔をした。
「なんでこいつは私にだけ噛みつくんだろう」
それはわたしも不思議なのよね。小虎はメイナード以外の人に噛みついたことないもの。
ふとダニーさんが言った言葉が脳裏をよぎる。
小虎に何か不思議なことがあったら教えてほしいと言われたけれど、特におかしなことなんてない。毎日部屋でゴロゴロしたり、庭で虫を追いかけて走り回ったりしているだけよ。ダニーさんは小虎の一体何が気になったのかしら。
「小虎はアイリーンに懐いているからな。お前がアイリーンに近づくのが気に入らないんじゃないのか?」
隣に座るオルフェウスお兄様がわたしの膝の上の小虎を撫でながら言えば、メイナードがムッとした。
「この前エイダー卿が連れてきた男は噛みつかれなかったじゃないか」
「気に入られたんだろ?」
「私は?」
「気に入らないんだろ?」
メイナードがすよすよと眠る小虎を恨みがましそうに見やる。
「私も触りたい」
メイナード動物好きだものね。触りたくて仕方がないのよねー?
「今は眠っているし、大丈夫なんじゃないか?」
オルフェウスお兄様はそう言うけれど、本当に大丈夫かしら?
メイナードはしばらく小虎を観察して、起きないと判断したらしい、ごくんとつばを飲み込んでそーっと手を伸ばす。
もう少しで小虎の背中に指先が届く――と思われたそのとき。
「痛ぁ―――!」
ぱちっと小虎が目をあけて、メイナードはやっぱり噛みつかれた。
小虎に噛みつかれた怪我は治してあげたけど、メイナードはすっかり落ち込んでしまった。
別荘に到着するころには日が落ちかけて、空の半分以上は青紫色に染まっていた。
空には爪痕のように細くなった月がうっすらと浮かんでいる。
馬車での移動で疲れたから、夕食を食べたあとは早めに休むことにして、わたしたちは早々に部屋に上がることにした。
一緒についてきてくれたセルマに着替えを手伝ってもらってベッドにもぐりこめば、当たり前のように小虎がベッドに飛び乗った。
「どうして小虎はメイナードに噛みつくの?」
小虎の頭を撫でながら問いかけてみたけれど答えが返ってくるはずもなく、小虎は大きなあくびをして丸くなる。
「メイナードがかわいそうだから、少しくらい仲良くしてあげてね?」
返事のかわりにすぴすぴと寝息が聞こえてきて、わたしは苦笑すると目を閉じる。
――しばらくして。小虎がのそりと起き上がって、カーテンの隙間から空を見上げていたが、すっかり夢の世界に落ちていたアイリーンがそれに気づくことはなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます