8
アイリーンがケーキ屋でケーキに舌鼓を打っていたころ。
メイナードは城の執務室でイライラしていた。
「おい、さっさとその書類片付けろよ。まだあるんだぞ、ここに」
オルフェウスがメイナードの執務机の上に追加の書類をどさりと乗せる。
メイナードはそれを一瞥して、それからコツコツと指先で机の上を叩いた。
「この一週間、アイリーンに会えていない」
「そりゃそうだろ。うちの親父がキレてるからな」
「どうしてだ! 婚約したいって言っただけじゃないか!」
「……お前、自分がしたことをよーく思い出せよ? 胸に手を当ててよーっくな」
メイナードはうぐっと言葉に詰まり、素直に胸に手を当てる。
わかっている。事情があったとはいえ、一度アイリーンを傷つけた。侯爵が「ふざけるな」と言いたい気持ちもわかる。わかるけども!
「アイリーン……」
「お前ほんとーにうちの妹が好きだな」
「わかってるなら協力しろ」
「やだね。好きなら自力で何とかしろよ。言っとくけど、アイリーンが別の男を選んだらそれはそれで俺は応援するからな。……その男がマシな男なら、だが」
メイナードはムッとするが、全面的に自分が悪いことは認めているので言い返せない。
「おら、さっさとサインしろ!」
メイナードは渋々ペンを握ると、書類に目を通してサインをしていく。
「……急ぎの書類はあとどのくらいだ?」
「あと? そうだなー、ここにある分で全部じゃね?」
メイナードはアホだが仕事はできる。これで性格が残念でなければ完璧なのにとオルフェウスは思うが――逆にそんな友人は面白くないので、こいつはこれでいいとも思っている。
メイナードは机の上の書類に目をやって、考えるように目を伏せると、突然顔をあげた。
「オルフェ、アイリーンの来週の予定は?」
「暇なんじゃねーの? 自由に外出もできないから、聖女って窮屈だってぼやいてたからなー」
「そうか、わかった」
「……なにが?」
オルフェウスが怪訝がるも、メイナードは先ほどまでの不機嫌が嘘のように鼻歌を歌いながら書類を片付けていく。
こいつ何か企んでるな――、オルフェウスは思ったが、口にはしない。下手に機嫌を損ねて書類が片付かなかったら困るからだ。
(こいつがアイリーンに何かするはずはないし、ま、いっか)
メイナードはなんだかんだとアイリーンの意思を尊重している。そうでなければ、アイリーンは無理やりにでも城に連れて行かれていただろう。
それに今のアイリーンには忠犬ならぬ忠小虎がいる。小虎はなぜかメイナードを目の敵にしているから、もしもメイナードがアイリーンに何かしようものなら容赦なく噛みつくだろう。
(しっかし、変わった動物だよなぁ)
猫でも犬でもない。アイリーンは遠く離れた異国の地に生息する虎に特徴が似ていると言うが、やはりそれとも微妙に違う気がするのだ。
アイリーンに危害を加えないからいいけれど、なぜか妙に引っかかる。
「オルフェ、窓を開けてくれ」
「はいよー」
メイナードに頼まれて窓を開けたオルフェウスは、見上げるだけでジリジリと目を焼きそうな日差しに、「今日もあちーなぁ」とつぶやいた。
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