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街に新しいケーキ屋ができたらしいわ。
甘いものに目がないキャロラインに誘われて訪れた大通りのケーキ屋は、日差しが強いというのに行列ができていた。
わたしが外に出るたびに警備が大変になるからあんまり外出しない方がいいと思うんだけど、今回は第二騎士団の副長であるバーランド様が護衛についてくると言うことで許可が下りた。
キャロラインが事前に予約をしていたから、わたしたちはすんなりとお店の中に入れたけど、外で最後尾に並んでいる人たちはあとどのくらい待たされるのかしら。窓ガラス越しに見える外の様子を見ていると、早く食べて早くお店を出てあげないといけない気になるんだけど、キャロラインってばケーキを何個も食べる気満々なのよね。
「殿下がついて行きたかったって文句を言っていたぞ」
そうは言われてもね。メイナードがくっついてきたら大騒動になってお店に迷惑がかかっちゃうわよ。かくいうわたしも、さっきからちらちらと視線が痛いんだけどね。
バーランド様はさっきからコーヒーを片手に、次々とケーキを頼んでいく妹に白い目を向けていた。
「お前、そんなに食べられるのか?」
「大丈夫よ。このためにお昼抜いて来たんだから!」
キャロラインは自信満々に答えて、六個もケーキを注文した。わたし? 一個で充分よ。甘いものは嫌いじゃないけど、さすがにそんなには食べられない。
キャロラインの注文したケーキが黒いテーブルの上に並んでいく。繊細にデコレーションされたケーキは一つ一つがまるで宝石みたいにきれい。
わたしはイチゴが乗ったケーキを頼んだ。イチゴの上に粉砂糖が少しかかっているの。クリームもまるで花みたいに絞られていて、可愛くてフォークを突き刺すのが躊躇われるわ。
一方で、キャロラインは満面の笑みで六個のケーキをすごい勢いで胃に流し込んでいる。バーランド様はそんなキャロラインにすっかりあきれ顔よ。
でも、キャロラインが嬉しそうなのもわかるわ。ここのケーキ、本当においしい。スポンジはふわふわだし、クリームは甘すぎないし、もう一つくらい頼めばよかったって思うもの。お母様からお土産を頼まれているし、少し多めに買って家でセルマと食べようかしら。
ケーキを食べ終えて、レモンティーを飲みながら一息ついたわたしの視界に、白くてふわふわしたものが入り込んだ。
なんか見覚えがあるふわふわだと思って見ると、なんとそれはエイダー卿が連れてきたダニーさんだった。ダニーさんは一人で店の奥の席に座って、キャロラインの六個のケーキが可愛らしく思えるほど大量のケーキに囲まれていた。
それを無表情で、次々に口の中に入れていくのよ。――ちょっと、怖い。
怖いもの見たさってわけじゃないんだけど、視線をそらすことができなくてじーっと見つめていると、ダニーさんもわたしに気がついたみたい。
目を丸くして、それから立ち上がるとわたしのそばまで歩いてきた。
「こんにちは、アイリーン嬢」
チョコレートケーキを夢中で食べていたキャロラインは、ダニーさんの顔を見るなり「あ!」と声をあげる。
「もしかしてバニー!」
「ダニーです」
すかさずダニーさんが訂正する。
キャロライン、失礼だからね! バーランド様が横でキャロラインを小突いているが、キャロラインはダニーさんの白くてふわふわした髪の毛に釘付けだ。
「ダニーさん、甘いものがお好きなんですか?」
「頭を使うと、ちょっと甘いものがほしくなるので」
へー。でもちょっとって量じゃないわよあれ。
ダニーさんはつぶらな瞳でじっとわたしの顔を見つめて、それからぼそりと、
「あの動物は元気ですか?」
って訊いてきた。
あの動物ってきっと小虎のことよね?
元気ですよって答えたら、ダニーさんはまた考えこんでから口を開く。
「おかしなことはありませんか?」
「おかしなこと?」
「例えば……、大きくなったりとか」
「大きく? まだ拾ってそれほど時間がたっていないから、大きさは変わっていないと思いますけど」
「……そう、ですか」
ダニーさんは顎に手を当てて難しい顔になっちゃった。どうしたのかしら、いったい。
「小虎が気になるんですか?」
「……少し」
少しって顔じゃないけどね。かなり気になっているみたい。小虎は珍しい動物だし、気になるのは仕方がないかもしれない。ダニーさん、生物学の研究をしているって言っていたものね。
「もしその小虎に何か不思議なことが起こったら教えてくれませんか?」
ダニーさんはそう告げると、わたしが頷く前に大量のケーキが並べられている席に戻っていく。
小虎に不思議なことって何かしら?
首をひねるわたしの目の前で、キャロラインが興奮したように。
「本当にウサギみたいにふわふわね! どうなってんのあの髪型!」
聞こえるわよキャロライン!
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