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「へー、あんた、殿下のことが嫌いなの?」


 遊びに来たキャロラインが、小虎の頭を撫でながらニヤニヤと笑った。


 小虎はキャロラインのことが気に入ったらしく、頭を撫でられようがお腹を撫でられようが、されるがままで、ゴロゴロと機嫌よく喉を鳴らしている。


「そうなの。この子、どうしてかメイナードにだけ噛みつくのよね」


「ふーん」


 キャロラインは小虎をひょいっと抱え上げた。


「あ、オスね」


「そりゃそうよ。女の子なら虎子ちゃんにしたわ」


「あんたの名前のセンスも大概ね」


「じゃあキャロラインならなんてつけるのよ」


「そうねぇ……、レオパルド一世!」


「却下。可愛くない」


「ちっ」


 床に下ろされた小虎は、絨毯の上に転がって遊びはじめる。


「しっかし珍しい動物ねー。ほかで見たことないわ」


「うん。だから、飼い主がいたらすぐに現れると思っていたんだけど」


「これだけ珍しければ、飼い主じゃなくても飼い主だって嘘をついて人が集まってきそうだけど」


「あ、その辺は大丈夫なのよねー。オルフェウスお兄様、悪知恵働くもの。『うちの聖女は嘘が見抜けるから、虚偽を言ったやつは即刻捕えてやる』とか言ってうちに来た人を最初に脅しちゃって、そういう人たちは来なくなっちゃった」


「オルフェウス様はそのあたり抜かりないわねぇ」


 そうなのよね。オルフェウスお兄様ってこういうことに関しては本当に頼りになるのよ。まあ、勝手に嘘発見器のような虚偽の特技をくっつけられたわたしとしては、笑ってばかりもいられないんだけど。


 オルフェウスお兄様の嘘のせいで、一度、市民警察から「犯人逮捕にご協力を」とか連絡がきて大慌てをする羽目になったもの。


 キャロラインは紅茶にミルクと砂糖を入れて、くるくるとスプーンでかき混ぜる。


 キャロラインは今年のシーズンオフにはカントリーハウスに帰らないことにしたそうよ。キャロラインの生家のジェネール公爵家の領地は王都から近くて、馬車で丸一日ってところ。だから毎年、シーズンオフの何日かはジェネール公爵家のカントリーハウスにお邪魔するんだけど、今年は聖女の護衛という厄介な問題がくっついてくるから断念したの。そうしたらキャロラインも、「わたしも今年は王都ですごそうかなー」って。わたしとしては話し相手が王都に残ってくれるのは嬉しいけど、公爵と公爵夫人は残念そうだったわ。


「それでエイダー卿が連れてきたバニーとか言うやつはどうなったのよ」


「バニーじゃなくてダニーよ。誰が言ったのよバニーって」


「あんたのお母様」


 お母様の頭の中ではすっかりダニーさんが「バニーさん」になっているみたいね。多分そもそも覚える気がなかったんだと思うけど、もし次に会うことがあったら、お母様、絶対に間違えるわ。


「頭が超ふっわふわなんですって? 見て見たいわ」


 キャロラインの目は「面白そう」と言っている。


「ダニーさんとはあれ以来会っていないわよ。お父様からもエイダー卿に苦情をお伝えしたみたいだし、もう来ないかもしれないわね」


「ま、いきなり連れてきて婚約者候補ですもんね、ないわー。あんたは親戚のおじさんかっての」


 そうね。なかなか斬新と言うか非常識と言うか――、むしろ自信満々に連れてきたその根性がすごいと言うか。


 迷惑そうにしていたダニーさんはきっと被害者ね。


「で、殿下は?」


「え?」


「殿下よ。あんたに婚約者候補が現れたんですもの、あの方が黙っているはずないわ」


 ……そうなのよねぇ。


 メイナードってばあのあと「私ともう一度婚約しよう!」って大騒ぎをはじめちゃって、「娘はやらん!」っていうお父様と言い争いになっちゃったのよね。おかげでまた我が家に出入り禁止にされて、メイナードってばしょんぼりしていたわ。


「ま、権力傘にあんたをよこせって言わないだけ殿下は善人よね」


「殿下はそんなこと言わないわよ」


 メイナードはそんなくだらないことのために権力を振りかざしたりしない。そこは信頼しているもの。


「じゃあバニーは見れないのかぁ」


「だからダニーさんだってば」


「バニーでもダニーでもどっちだっていいわよ。あーあ、あんたのお兄様方が片っ端から求婚者を追い払うから、全然お菓子が来なくなったじゃないの」


 わたしへの貢物のお菓子を目当てにしていたキャロラインが口を尖らせる。お母様と同じこと言っているわ。お母様ったらお兄様たちが求婚者を次々に脅して追い払うから、「数人残しておきなさいよ、お菓子が来なくなったじゃないの」って文句を言っていたのよね。そんなお母様をお父様が、菓子ならいくらでも、好きなだけ買ってきてやるからってなだめていたわ。


 一人遊びが淋しくなったらしい小虎が近寄ってきたから膝の上に抱き上げて、喉の下のあたりをゴロゴロと撫でてやる。


「あなたの飼い主はどこにいるのかしらねー?」


 小虎に話しかければ、彼は真ん丸な顔をこてっと傾げたあとで、がぅと鳴いた。

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