5
あんたの婚約者じゃないわよーって突っ込みはいい加減疲れたから、もういいや。
メイナードのうしろからオルフェウスお兄様も現れて、エイダー卿ににっこりと笑みを向ける。
「これはこれはエイダー卿。あいにくと父も兄も留守にしているのですが、当家に何か御用でしょうか?」
お兄様ってば白々しいわー。マーカスから事情を聞かされているはずなのにね。
メイナードはわたしの隣に立って、ダニーさんに視線を向けた。
「君は?」
「ダニーと申します」
ダニーさんは疲れたような顔で答えた。
わたしの婚約者候補ってエイダー卿が言っていたけど、たぶん本人にはわたしと婚約したいという意志はないのだろう。エイダー卿に無理やり連れてこられたんじゃないかしら。可哀そうになってくるわ。
「エイダー卿。アイリーン嬢は殿下の婚約者だそうですよ」
「こらダニー! 父上だろう⁉ それに殿下とアイリーン嬢は婚約を解消されている」
「……父上」
ダニーさんは、はーっと息を吐いてすっごく面倒くさそうな顔でエイダー卿の呼び方を訂正した。
「たとえそうだとしても、ご当主がご不在のようですので、ここは一度帰りませんか」
「ダニー!」
「だいたい、素性の知れない男をいきなり婚約者候補って言うのも無理があるでしょう」
「何を言う! お前は王立大学の立派な――」
「あーはいはい。アイリーン嬢、お騒がせして申し訳ございませんでした。義父は俺にさっさと嫁を取らせてさっさと後を継がせたいんだそうで、気が逸ったのだと思います」
お気を悪くなさらないでください――、とダニーさんは立ち上がって、半ば強引にエイダー卿を立たせる。
「さあ、帰りましょう父上」
「ダニー! 私はまだ話が――」
「そんなに話たければまた改めて来ればいいでしょう。……つーかアポイントくらいとって来るだろ非常識かよ」
ダニーさんは最後にぼそりと悪態をついたが、エイダー卿は少し耳が遠いようで、「何か言ったか?」と首をかしげる。
ダニーさんは「なにも」と答えて、エイダー卿の背中をぐいぐい押した。
「ほら帰りましょう。俺も研究室に戻りたいんで」
「何⁉ お前はこのあと私と晩餐――」
「また今度にしてください」
「昨日もそう言って逃げ出したじゃないか」
「そうでしたか覚えていませんね」
「ダニー! 私はお前のことを買って――」
「コンラード夫人、アイリーン嬢、お邪魔いたしました」
ダニーさんがエイダー卿を強引に玄関まで連れて行っちゃうから、わたしは慌ててお母様とその背中を追いかけた。
すると、サロンに入れてもらえなかった小虎がわたしの姿を見つけて走ってくる。淋しかったのかしら。もー、可愛いんだから! わたしは足元まで走ってきた小虎を抱きかかえて、エイダー卿たちに向きなおった。
「またいらしてくださいね」
お母様が笑顔で社交辞令を述べている横でわたしも微笑めば、エイダー卿をぐいぐいと玄関から押し出そうとしていたダニーさんがふとわたしの腕の中の小虎に目を止めた。
「……アイリーン嬢、それは?」
あら、小虎に興味を持ったのかしら? 可愛いものね!
「この子はコンラード家の庭に迷い込んでいたのを保護したんです」
「猫……でしょうか? それにしては大きいし、目が赤い」
「そうなんです。この子、目が赤くって。珍しいでしょ?」
「ええ」
じーっと小虎を見ていたダニーさんだったけど、やおら手を伸ばすと、そっと小虎の頭を撫でる。小虎は目を細めて気持ちよさそうにしていて――、それを見たメイナードが目を見開いた。あー、メイナードは噛みつかれるものね。悔しいのね、きっと。
しばらく夢中で小虎を撫でていたダニーさんだったけど、はっと我に返ると「それでは失礼します」とエイダー卿と一緒に出て行って、わたしは小虎を抱きしめたままやれやれと息をつく。
そんなわたしの横で、よっぽどダニーさんが小虎を撫でたのが悔しかったのか、メイナードがわたしの腕の中にいる小虎に手を伸ばして――
「痛っ」
がぶっと噛みつかれた。
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