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来客だとお母様に呼ばれてサロン――歓談室に向かったわたしは、部屋に入った途端に、ある一点から目をそらすことができなくなった。
……ふわふわ。
例えるなら何かしら―――綿?
それとも、雛鳥を覆う産毛?
白鳥の羽は違うのよ。だってあれば艶々と整っているんだもの。
お母様に手招きされて隣に座るんだけど、やっぱり視線がそこから離せない。
そう――、目の前に座る二人の男性のうちの一人の頭から。
ひょろりと背の高い彼の髪は、まるで綿を丸めてぽんっと乗せたみたいに、真っ白くてふわふわしているのよ。
不思議な髪形よねー。どうやって整えているのかしら? いえ、整えていないからこうなるの? ……面白いわ。
さすがに髪ばかり見つめていたら失礼かと思って視線をそらそうとするんだけど、油断するとやっぱり目がそっちに向かっちゃう。
「アイリーン、こちらはエイダー卿よ。そしてこちらが――バニーだったかしら?」
「ダニーです、コンラード夫人」
お母様にバニーと呼ばれた白いふわふわが訂正した。ダニーさんね。バニーさん。いや違ったダニーさん。お母様、実名より印象的な名前で呼ばないでよ間違えそうだわ。
白髭を蓄えたエイダー卿はにこにこ笑ってわたしを見る。
「お気に召していただけましたかな、アイリーン嬢」
エイダー卿は枢機卿のお一人。メイナードの婚約者だったときに出席した式典で何度か顔を合わせたことがある。
はて、お気に召したってなんのことかしら?
お母様、何かいただいたの?
わたしが首をかしげていると、エイダー卿は笑顔のまま隣のバニー――ではなくてダニーさんに手のひらを向けた。
「アイリーン嬢の婚約者候補に連れてまいりました」
わたしの目はきっと、点になったと思う。
「―――は?」
ダニーさんは二十一歳で、職業は学者さんらしい。
普段は王立大学の研究室で生物学の研究をしているんだそうよ。
両親を早くに亡くし、幼いころは孤児院で育ったそうで、先日、エイダー卿が養子に迎えたらしいのだけど――、いきなり婚約者候補って言われても……。
お気に召していただけましたかって訊かれてもね。
ふわふわの髪は面白いなぁって思うし、つぶらな瞳は小動物みたいで可愛いかもしれない。でもさっきからわたしを見つめてくるその双眸は「早くしてくれよマジ勘弁だよ何なんだよこの茶番はよぉ」って言いたそうなのよね。
エイダー卿だけが楽しそうで、お母様も「はあ? 頭大丈夫ー?」って言いたそうな顔をしているし――、えっと、どうしようかしらね?
こういうとき、お父様がいてくれると心強いんだけど、今日は登城していて不在だし、二人のお兄様も同じく外出中。
今まで求婚してくる人はいたけど「婚約者候補」って連れてきた人ははじめてよ。対処の仕方がわからないわ。
「エイダー卿、その、わたしの婚約者候補とおっしゃる理由は……?」
「ご興味をお持ちいただけましたか⁉」
いやいや、興味を持ったわけじゃなくて純粋な疑問をぶつけただけですよ⁉
それなのにエイダー卿は嬉々として語りだした。
「こちらのダニーは、非常に優秀な青年でして、王立大学に通っていたころは奨学金で学費は全額免除、優秀な研究に与えられる学長賞を二度も受賞するなど、将来が期待されておりましてな。私には子がおりませんので、後継ぎをどこからかと考えていたこともあり、この度、我が子爵家の養子として迎えることにしたのですよ。アイリーン嬢とも年も近いですし、ぜひ仲良くしていただければと思い連れてきた次第で。できることならば末永く」
エイダー卿って押しの強い人だったのね。あいさつ程度にしか話したことがないから知らなかったわ。
困ったわねー。この様子だと「考えておきます」と言えば下手をすれば婚約内定のように取られかねないし、かといって「お断りします」とこの場で断ってしまうとエイダー卿の顔に泥を塗ることになるし。いきなり男を連れてきて「婚約者候補」とか言い出すのはマナー違反だと思うんだけど、相手が子爵で枢機卿だから、わたしでは対処が難しい。
お母様を見ても、「面倒くさいわねー。どうしようかしらねー」って顔。もちろん、その表情は娘のわたしだからわかるのであって、きちんと品よく微笑みを浮かべてはいるけれど。
お母様のことだから抜かりはないはずで、事前にマーカスあたりに言って城のお父様かお兄様たちを呼びに行かせているとは思うけれども、お父様たちが戻って来るまでのらりくらりとかわして場を持たせるのは大変そうよ。
何だって、男どもがいない今日に来るのよ?
とりあえずお茶のお代わりを用意させるふりをして時間を潰しましょう――って席を立とうとしたときだった。
どたどたと大きな足音が聞こえてきたから、てっきりお父様かお兄様が戻ってきたと思ったんだけども。
「エイダー卿! アイリーンは私の婚約者だ!」
現れたのはメイナードだった。
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