3
「アイリーン、珍しい果物をもらったから一緒に食べ――ぶっ!」
決して暇ではないはずなのに、本当は超暇なんじゃないかと疑いたくなるほど毎日毎日やってくるメイナードは、執事のマーカスにメインダイニングに案内されて、にこにこと入ってきた瞬間に、真っ白いもふもふに飛びかかられた。
もふもふした物体に顔面に張りつかれたメイナードは、手に持っていた握りこぶし大の黄金色の果物を床にぶちまけて、そのまま後ろによろめいて扉の角に後頭部をぶつけてうずくまる。
あー……。
やっちゃった。
わたしは慌てて立ち上がって、メイナードに張りついたもふもふと引きはがした。
「だめよ、小虎! 爪を立てたら……!」
しかし白いもふもふ――小虎を引きはがしたときにはすでにメイナードの顔にいくつもの小傷ができていて、わたしは小虎を床に下ろすと、うずくまっているメイナードの顔を覗き込んだ。
「ごめんなさい殿下! このくらいならわたしでも治せますから、ちょっと待ってくださいね!」
そっとメイナードの頬に触れて、治癒の力を誓って傷ついているところを一つずつ直していく。どうしてかメイナードが真っ赤な顔をしていたけど、さっき派手に後頭部をぶつけていたし、そのせいかしら?
心配になって、たんこぶができていないかと頭を撫でると、メイナードの顔がさらに赤くなる。
「たんこぶはできていませんね。殿下、ほかに痛いところはありますか?」
「え……? あ、ああ! あるある、痛いところがあるぞ」
呆けたような顔をしたメイナードだけど、突然、痛い痛いと言い出して両手で頭を抱えた。それから肩とか、腕とか、いろんなところをおさえはじめる。
「ここと、それからここに、ここ――」
「いー加減にしないと、全身どつくぞ、おい」
背後から低ーい声がして振り返れば、オルフェウスお兄様がにっこりと微笑んでいた。
メイナードは拗ねたような顔をして立ち上がると、床に転がった黄金色の果物を回収して、そして床の上で後ろ足で首のあたりをかいている小虎に目を向けた。
「アイリーン、それは?」
庭で拾った白いもふもふは小虎と名付けた。
東方の国にいると言われる白い虎にそっくりだったから。もっとも、人よりも大きいと言われる虎とは違い、小虎は両手よりも少し大きいくらいの子犬サイズ。丸くってふわふわで、絨毯の上でお腹を見せてゴロゴロしている姿にすっごく癒される。
どこかで飼われていたのかもしれないけれど、首輪もなかったし、しばらくコンラード家で預かっておくことにしたの。このまま飼い主が現れなければ、うちでこのまま面倒を見てもいいかお父様に訊いてみるつもりよ。
「へえ、珍しいな。おいで――」
メイナードも気になったみたいで、そう言って小虎に手を伸ばすんだけど――、伸ばした手に小虎ががぶりと噛みついて「うわあ!」って悲鳴を上げて手を引っ込めた。
あれー? 小虎って、わたしにもお兄様にもお母様にも、人懐っこく甘えに来るのに、どうしてかメイナードのことが嫌いみたい。
噛みつかれたメイナードの手をわたしが癒していると、オルフェウスお兄様はケタケタ笑い出した。
「いいぞー小虎ー! もっとやれー!」
けしかけたらだめじゃないの!
ジオフロントお兄様まで笑って小虎の頭を撫でているし、お母様はお母様で「あらあら、嫌われちゃいましたわねぇ殿下」って。うちって殿下の扱いひどいわよね。
メイナードは恨めし気に小虎を見ている。メイナードって動物に好かれる体質で、ここまで拒絶を受けることってなかなかないから、ショックよねー。
テーブルの上にはメイナードが持って来た果物が切られておいてある。とっても甘くて、でもちょっぴり酸味もあって口の中でとろけて――、何この果物、すっごくおいしいんですけど!
この果物は王妃様のご出身国ロウェールズから送られてきたそうよ。そんな貴重なものをいただいていいのかと訊いたら「ほしければ言えばまた送ってくるからいいんだ」ですって。ロウェールズの国王様はメイナードの伯父様とはいえ、他国の王族にそんな軽いノリで物を頼んでいいのかしらね?
「本当はもっと南の国の果物らしいが、最近栽培に成功したらしくて、貿易品として有効かどうかを調べたいそうだから、好きなだけ食べていいよ。ほしいだけ贈ると言っていたからな。ああ、あとで感想をもらえると嬉しい」
ふーん。つまり、食べた人の反応の統計を取りたいってことかしら?
そう言うことなら、遠慮なくいただいちゃうわよ。
わたしが幸せそうに果物を食べていたら、メイナードはにこにこと嬉しそうに笑って――、オルフェウスお兄様が「餌付け」ってぼそりとつぶやいた。
「余計なことを言うな!」
すかさずメイナードが苦情を言ったけど――え? わたし、餌付けされ中なの?
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