白とふわふわ

1

 木々が鬱蒼と茂る森の奥。


 夜ごとに細くなっていく月が見下ろすのは、泉のそばに立つ小さな宮殿だ。


 白い壁のその宮殿は曲線的な作りで、どこか女性の柔らかさ思わせる。


 それもそのはず、小さなその宮殿に暮らすのは、巫女と呼ばれる女性ばかり。


 男性が入ることを許されているのは、本殿から回廊でつながれている、半球の形をした建物のみだった。


 女の園――という言葉がふさわしいその場所へ、しかし男たちは足しげく通う。理由は、巫女と呼ばれる彼女たちには先見の力があるからだ。


 もっとも、彼女たちのその力は不安定で、感じ取れる予言も謎めいていて、正しく解することは困難であるのだが。


 男たち――、教会の枢機卿たちは、半球型の建物の中にある円卓の会議室で、今夜も難しい顔を突き合わせていた。


「おばば、それではよくわからん」


 白いひげを蓄えた枢機卿の一人が言えば、円卓の上座に座る腰の曲がった小さな老婆が、ケタケタと笑った。


「そうはゆぅても、予言とはそういうもんじゃ。予言は予知とは違うんでのぅ。それが正しいか正しくないかは、解した人間の行動によってまた変わるもんじゃ。ほれ、東方の言葉でゆーじゃろー。当たるも八卦当たらぬも八卦ってのぅ」


「そりゃ占いのたとえだろう!」


 おばばと呼ばれた老婆の発言に、枢機卿たちが頭を抱えはじめる。


 確かに、巫女たちの予言は占いに近いものがある。なぜなら明確なことを示さないからだ。それでも、聖女選定のときは彼女たちの予言は本当に役に立った。それである程度絞り込めて――、本命と予想したアイリーン・コンラードは見事に聖女に選ばれた。狙い通りそれより先に第一王子との婚約も破棄させることに成功したが――、その次の計画がうまくいかずに、教皇は少々ご立腹である。手段は選べない。何としてでもアイリーン・コンラードをこちらへ引き込まなくては。


「それで、聖女のそばにあらわれると言う新しい男とはどんな男だ!」


 枢機卿たちは必死だ。


 メイナード王子と復縁する前に何としても聖女をこちらへ引き込む必要がある。


 おばばは、「はー」と息を吐いて、


「じゃから、キーワードは『白』と『ふわふわ』じゃよ。その二つが聖女の未来に輝きを与える。そう出とるんじゃー」


 と杖を振り回しながら言うから、枢機卿たちにどよめきが走る。


「だから」


「白と」


「ふわふわって」


「「「なんのことだ―――!」」」


 枢機卿たちの絶叫に重なるように、森の奥で梟が鳴いた。

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