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 簡単にまとめると、自作自演ってことらしいわ。


 サヴァリエ殿下に毒を盛って、それを自分で助ける。よくそんなことを思いついたものだわ。


 聖女選定の儀式の日から、リーナは肩身の狭い思いをしていたらしい。


 自分は聖女だからメイナードと結婚してゆくゆくはこの国の王妃になる――って、選定の儀式の前からあちこちに言って回っていたんだから、余計に周囲の嘲笑の的になってしまったみたい。


 ぱったり誰からも相手にされなくなって、父親であるワーグナー伯爵も社交界での笑いもの――、完全に評判が地に落ちて、条件のいい結婚も望めない。それどころか父親のワーグナー伯爵はリーナを女子修道院へ入れることまで考えはじめていて――、リーナは追い詰められてしまったらしいわ。


 何とかして周囲を見返したいという思いもあったみたいね。


 でも、だからってサヴァリエ殿下に毒を盛って――、それを助けてちやほやされたいなんて、さすがにやりすぎよ。


 確実に助ける自信があったのだとしても、サヴァリエ殿下は短い時間であっても苦しんだし、パーティーも台無し。シャンパンを用意した給仕は可哀そうなくらいに怯えちゃっていたというし――、やっていいことと悪いことがあるわ。


 ワーグナー伯爵は、娘の出来心だとか、娘に殺意はなかったとか、温情を期待したみたいだけど、息子に毒を盛られて陛下がお許しになるはずもない。


 ワーグナー伯爵は爵位剥奪、リーナは捕えられて牢へ入れられていて処分待ち。伯爵の長男であるグロッツ様は父親と妹のしでかしたことに青くなって、爵位と領地の返上を申し出たけれど――、グロッツ様って、この二人と血がつながっているとは思えないほど善良な方なのよ。虫も殺せないって言葉が似あうほどに。サヴァリエ殿下も親しくしているし、責任を問わないと言うわけにはいかないけれども、彼には温情が下った。ほとぼりが冷めるまで二年くらい他国へ留学させて、落ち着いたころに戻ってきたあと、ワーグナー伯爵家を継がせるんだそうよ。伯爵家はグロッツ様が戻って来るまでは王家預かりにするらしいわ。


「処刑……なんてことにならないですよね?」


 夜になって、例によってわたしの部屋にお茶を飲みに来たメイナードにそう訊ねると、彼は小さく笑った。


「王子の殺害未遂で充分処刑の対象にはなるんだけど」


 そっか。やっぱりそうよね。リーナをかばうわけではないんだけど――、でも、彼女も聖女って存在に踊らされただけだと考えると少しやるせなくてうつむいたら、メイナードが「大丈夫だよ」って言った。


「処刑と幽閉で割れていたけどね、リーナが毒を盛ったとはいえ、彼女が自分でサヴァリエを助けたのを見た人は大勢いるからね、殺意なしとの判断で幽閉に決まった」


「そうですか。よかった……」


「優しいね。あれだけ嫌な思いをしたのに」


「……リーナは嫌いですけど、それとこれとはちょっと違うと言うか」


 今回の事件について許せるかと言われたら許せない。だからもしもリーナに処刑という判断が下されたとしても、泣いて縋ってやめさせるようなことはしいだろう。でもやっぱり処刑は後味が悪すぎて――、だからホッとしてしまった。


 メイナードの隣で蜂蜜とミルクを入れた紅茶を飲む。ミルクを多めに入れたのは、あのお茶会以来、寝つきが悪いから。


 リーナがしたことが明るみになって、彼女が本物の聖女だと言う声はぱたりと止んだ。かわりに、今までわたしを批判していた人が嘘みたいに手のひらを返してきた。裏でメイナードが何かしたことはわかっているわ。この人、今回の事件を利用して、「聖女が事件を解決した」ってデマを流したのよ。わたしはそばでサヴァリエ殿下の話を聞いていただけなのに、なんでそんなことをしたのって訊いたら、「これでアイリーンを悪く言うやつはいなくなるだろ」ですって。サヴァリエ殿下も陛下も王妃様もみんなこのデマに賛成だって言うからびっくりしちゃったけど、おかげで城の使用人さんたちから冷たい視線を向けられることはなくなった。


 あと少しは様子を見るようだけど、落ち着いたらコンラード家に帰れるんだそうよ。


「私としてはずっとここにいてほしいけど」


 メイナードはそう言うけど、このままここにいたら、なし崩しにあんたともう一度婚約って運びになりそうだからお断り。


 今回のことで、少し考えたいのよ。


 自分のこと、これからのこと――


 十八年間メイナードと結婚することを疑わなくて、聖女に選ばれたあとでファーマンに優しくされて新しい恋人ができたって浮かれて――、またすべてがなくなって。考えてみたらわたし、これからどうやって生きていくのかしらって自分で考えたことがないみたい。


 だから、考えてみようと思うの。


 わたしのしたいことって何かしら――って。

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