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 王妃様に近づくとメイナードと強引に結婚させられそうだと気がついたわたしは、あれから王妃様の誘いをひたすら断り続けていた。


 キャロラインのこのことを相談したら「あはははは! 国王様を殴れる機会なんてそうそうないんだから、ぶん殴らせてもらえばよかったのに」とかふざけたことを言った。そして、諦めて結婚すれば? なんて言われたから、こいつは本当にわたしの親友なのかと友情を疑ってしまったわよ。


「それにしても、王妃様って強いわねぇ」


「うん」


 しみじみとしたキャロラインのつぶやきにわたしは迷う余地なく同意する。


 王妃様は隣国ロウェールズの姫君だった人。今のロウェールズ国王の妹君よ。


「あの方って確か、当時王太子だった陛下が外交でロウェールズに訪れたときに一目ぼれして、強引に押しかけて来たんだったわよね」


 そう、この話はわが国では結構有名。


 陛下は幼いときに婚約者を決めていなくって、そのままずるずる王太子になってしまったんだけど、逆にそれが災いして、いろんな派閥とかが大騒ぎでなかなか婚約者が決まらなかったの。それを教訓にしたのか、メイナードはすぐにわたしと婚約させられたんだけど――、まあそれは置いといて。


 当時王太子だった陛下に一目ぼれしたリゼット様は、あの手この手で周りを黙らせて、陛下の妻の座を奪い取ったらしい。大国ロウェールズと姻戚関係を結べるのはランバース国としても願ったりだったって言うけど――、陛下もすっかりリゼット様に骨抜きにされたって言うから、なんだかんだと恋愛結婚な二人なのよね。


「それ考えると、うちの王族はバカップルが多いわね」


 あんた、仮にも王族に「バカップル」って……。


「前王陛下も奥方のことが大好きだし、前王弟殿下もなんだかんだで聖女だったサーニャ様にめろめろだったじゃない」


 そう。前王陛下は隠居して王太后様と田舎でイチャイチャしてるってメイナードが言っていた。前王弟殿下は最愛のサーニャ様がなくなって落ち込んで邸から一歩も出てこないらしい。


「だからってバカップルはないでしょうよ」


「あら、あんただってそのうちそのバカップルたちに仲間入りよ」


「ないから!」


 何か、どんどん外堀が埋まっていく気がするのは気のせいかしら?


「それはそうと、今回のくだらない騒ぎのおかげで、あんたへの求婚がぱたりと止んだらしいわよ。ジオフロント様とオルフェウス様が、これで馬鹿どもが一掃できた、ほとぼりが冷めたころにまた連絡してきやがったらぶっ飛ばすって嬉々としていたわ」


 それは喜んでいいのか悲しんでいいのかどっちかしらね?


 多分お母様あたりは、貢物のお菓子がなくなってぶーぶー言ってそうだけど。


 リーナが本物の聖女だと言う声は日に日に大きくなっているみたいよ。


 メイナードはそのうち全員黙らせるって言っていたけど、あんまり無茶はしないでほしいの。


 キャロラインも怖い笑顔で「リーナ闇討ち計画」とか物騒なことを言うし――、あんたが言ったら冗談に聞こえないわ。


 わたしがこっそりため息をついたそのとき、コンコンと部屋の扉が叩かれて、セルマが誰何すると、ころころと鈴を転がしたような声が返ってきた。


「リーナ・ワーグナーですわ」


 わたしは思わずキャロラインと顔を見合わせた。






 扉を開けると、楚々としたブルーのドレスに身を包んだリーナが満面の笑みを浮かべて立っていた。


 キャロライン、あからさまに顔をしかめないの。


 まあ、わたしも歓迎したくはないんだけど。でもリーナ、入っていいわよって言ってないのに勝手に部屋に入ってきちゃった。さも当たり前のような顔をしてわたしの目の前のソファに座るの。


 セルマはピクリと片眉を跳ね上げたけど、黙ってお茶の準備をしはじめた。セルマー、わざと苦いお茶を出そうとしてるでしょ? 止めやしないけど、そんなに茶葉を煎れたらもったいないわよ。


 それにしてもリーナ、いったい何の用なのかしら? 個人的に話をするほど、わたしとリーナって仲良くないわよ?


 キャロラインはテーブルの上のお菓子を、「あんたには一つもやらないわよ」と言わんばかりに手元に回収してるし。やめなさいよ、公爵令嬢のくせに恥ずかしいでしょ。バーランド様が見たら泣くわよ、もう。


「本日はご挨拶に参りましたの」


 リーナはセルマが煎れた濃ーい色をしたお茶を見て眉をひそめたが、すぐに笑顔に戻ると、そう切り出した。


「挨拶?」


 リーナがわたしに挨拶することなんてあったかしら?


 首をかしげるわたしの横で、キャロラインが「挨拶なら扉のところ言えばいいでしょ入ってくんな!」と言わんばかりの形相。お願いキャロライン。一応ここ、お城だから。こんなところでやり合わないでね。


 しかし、これだけキャロラインが睨んでいるのに総無視できるあんたのメンタル、強いわぁ、リーナ。


「わたくし、この度、サヴァリエ殿下と婚約することになりましたのよ。ですので、一応ご挨拶をと思いまして。アイリーン様はもうメイナード殿下とは関係はございませんけれども、一応、聖女様でいらっしゃいますもの」


 一応一応うっさいわ!


 挨拶じゃなくて厭味じゃないの、なんなのこいつ。


 ムカムカしたわたしは、そこではたと気がついた。


 こいつ、今サヴァリエ殿下と婚約とか言わなかった?


 キャロラインを見れば、大きく目を見開いている。それはそうよ。どう転んでリーナとサヴァリエ殿下の婚約って話になるの?


 リーナは、まっすぐな栗色の髪を撫でながら、


「何を驚いていらっしゃいますの? 当然のことですわ。だってわたくし、サヴァリエ殿下のお命を救いましたのよ? 何もできない聖女様にかわって、このわたくしが。巷ではわたくしが本物の聖女だと噂されているみたいですし、王家が放っておくはずございませんわ」


 ……やっぱりこいつ嫌いだわ。


 ようやく癒えかけたわたしの傷をえぐりまくって、ほほほなんて笑っているリーナの顔に目の前の生クリームたっぷりのケーキをぶつけてやりたい。


 リーナは挨拶が終わったとばかりに立ち上がって、その場で優雅に一礼した。


「それではごきげんよう聖女様。近々こちらにお引越ししてくることになると思いますので、その時はどうぞよろしくお願いいたしますね?」


 よろしくしたくない!


 リーナは高笑いしながら部屋から出て行ったけれど、わたしはまだショックから立ち直れなくて、かわりにキャロラインとセルマが「塩もってこーい!」って騒いでいる。


 ああ……、頭痛い。


 どうなってるのよ?


 わたしが両手で頭を抱えたら、キッチンから塩を回収してきたキャロラインが一言。


「撒く?」


 わたしは五秒ほど悩んて、小さく「うん」と頷いた。

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