11

 あんまり部屋から出ない方がいいんだろうけど、部屋の中に籠っているのって疲れるのよね。


 我がコンラード家にいたときだって、メイナードが毎日のように来るせいで、お父様が外に出したがらなかったし。


 気晴らしに庭でも散歩したいな――って思っていたら、グッドタイミングなことに、王妃様が庭でお茶しない? って誘ってくれた。


 するする、しますとも!


 王妃様はリゼット様とおっしゃるんだけど、二十二歳の息子がいるとは思えないほど若々しくてお美しいの。


 少し赤を落としたような栗色の髪に、もう少し濃い栗色のアーモンド形の瞳。小さな鼻に、薔薇色の唇。メイナード目元は間違いなくお母様似よねぇ。


「アイリーンちゃん、いつになったらわたくしのバカ息子と結婚してくれるの?」


 お茶会がはじまってすぐ、リゼット様がそんなことを言うから、わたしは口に含んだお茶を吹き出しそうになりましたよ!


「あの子、お勉強はできるんだけど、不器用と言うかなんというか、とにかくお馬鹿さんだから、アイリーンちゃんみたいな人に早くお嫁に来てほしいんだけど」


 いやいやいやいや王妃様! あなたの息子とわたしは婚約破棄してるんですが!


 わたしがそう言えば、リゼット様はおっとりと頬に手を当てて、にーっこりと、そう、キレたメイナードがたまーに浮かべるのと同じような、きれいだけど真っ黒い笑みを浮かべた。


「ああー、うちのお馬鹿さんたちが、お馬鹿さんな頭でしでかした、お馬鹿さんなあの事件ねぇ」


 ……あの、王妃様、さっきから自分の家族をバカバカ言いすぎではございません?


「どうしようかしら、アイリーンちゃん。とりあえず、陛下の頭を丸坊主にして後頭部に『馬鹿』って書いて土下座させたら許してもらえる?」


 ひーっ! 笑顔でとんでもないことを言ってるわよこの方!


 わたし、今回の婚約破棄の裏側に薄々何かがあるのは感づいていたけども、詳細を知らないの。でもこの発言で裏に陛下がいるってことはわかっちゃったわ。そしてリゼット様が何も知らされてなかったってこともね。


 怖! いつも穏やかな人が怒ると、本当に怖い!


「だってわたくし、アイリーンちゃんとメイナードの結婚式、本当に楽しみにしていたのよ? わたくしが嫁いできたときのベールをかぶってもらいましょーとか、楽しくて楽しくて、早く結婚しないかしらーとか思っていたら、あれでしょ? とりあえず陛下の頭は錫杖でぶん殴っておいたけど、それだけじゃアイリーンちゃんの気がすまないわよねぇ」


 充分です! 充分ですからやめてください!


 この人マジで怖い!


 メイナードと婚約破棄した翌日に、リゼット様から「陛下のことは三発ほど殴っておいたけど直接殴りたかったらいつでも城にいらっしゃいね。そうそう、メイナードは捨てて、サヴァリエなんてどうかしら?」ってよくわからない手紙が来て冗談だと思っていたんだけど、王妃様本当に陛下を殴ったのね⁉


「メイナードはこれ以上お馬鹿さんになったらいやだから殴らないでいてほしいんだけど、陛下はどうせ、あとは年老いて死ぬだけだから好きにしていいわよ」


「………」


「それで、結婚式はいつ?」


 わたしはもう、うきうき気分でお茶会に来た過去の自分に「今すぐ引き返せ!」と言いたくなった。


 だらだら汗をかきながら、にっこりと黒い笑みを浮かべる王妃様をどうしようと考えていたら、バタバタとこちらへ走ってくる足音がして顔をあげる。


 メイナードぉおお!


 今日ほどあなたに会いたかった日はなかったわ!


 助けてー助けてぇー! と視線で訴えたら、駆け寄ってきたメイナードがぎゅーって抱きしめてくれる。


「母上! アイリーンを怖がらせないでください!」


「あら、失礼ね。怖がらせてなんてないわよ。楽しくおしゃべりしていただけじゃない」


「母上は存在自体が怖いんです!」


 実の息子にここまで言わせる母親って……。


 リゼット様とは昔からよくお茶会を開いていて、そこによくわたしのお母様も呼ばれたりしていたんだけど――、うん、思い出してみたら「うふふ」「あはは」って盛り上がっていた王妃様とお母様、たぶんなかなか怖い会話をしていたわ。


 そのころのわたしは能天気で、うちのお母様と王妃様って仲いいなー、すっごい黒い冗談言ってるなーくらいにしか思ってなかったけど、多分あの時も結構本気で言っていたに違いない。


「失礼しちゃうわね。あなたが全然だめだから、わたくしがアイリーンちゃんに結婚してってお願いしていたのに」


 お願い? あれは軽い脅しだった気がしますよ?


「そのお願いでアイリーンが余計に嫁いでくるのが嫌になったらどうしてくれるんですか!」


 いやだから、嫁ぎませんってば。


「だいたい、私とアイリーンが婚約を解消したあとに、母上が、あわよくばサヴァリエとアイリーンを婚約させようとしていたことを知っているんですからね!」


「だって、アイリーンちゃんかわいいんだもの。ほしいんだもの」


 わたしは犬猫かーい⁉


「とにかく、アイリーンは今『避難』してきているんです! 怖がらせてどうするんですか!」


「怖がらせてないわよ。ひどい息子ねぇ」


 リゼット様は口をとがらせてぶーぶー言ってる。


「あなたこそ、さっさと何とかなさいな。今回のことにいつまでかけるつもりなの」


 メイナードはうぐっと言葉に詰まってから、息を吐きだした。


「大丈夫です」


「信じていいのね?」


「もちろんです」


 王妃様は「ならいいわ」と言って立ち上がると、わたしににっこりと微笑みかけた。


「お邪魔虫が来たからわたくしは退散するわ。今度お針子を呼んでおくから、ウエディングドレスの採寸しましょうね?」


 ……この城から一刻も早く退散しないと、わたし、危ないんじゃないかしら?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る