9

「牢にぶち込んでおけ」


「無茶言うな」


 メイナードが机の脚を蹴り飛ばしながら言えば、バーランドがあきれ顔でそう答える。


「牢なんてぬるいだろう。安心しろ、闇夜に乗じて背後から刺してやる」


「やめろオルフェ! お前が言うと冗談言聞こえない!」


「安心しろバーランド、冗談で言ってない」


 怒り狂っているメイナードと対照的に、驚くほど冷静な様子で紅茶を飲みならが恐ろしいことを言うオルフェウスに、バーランドは今度は頭を抱える。


 メイナードが使っている執務室で、メイナードとバーランド、それからオルフェウスの三人は、バーランドが持って来た報告書を見ながら会議をしていた。


 会議――そう言えば聞こえはいいが、言い方を変えれば悪だくみだ。


 今回のサヴァリエの毒殺未遂事件の調査――と言う名目で集まった三人だが、先ほどから話しているのは、調査の内容についての話ではない。


「うちの妹がサヴァリエ殿下を毒殺しようとした犯人とかぬかしやがった奴は死刑だ」


「オルフェ、お前が言っているのは死刑ではなく私刑だろう!」


「一緒だろう、死ぬんだから」


「頼むから冷静になってくれ!」


 オルフェウスは超がつくほどのシスコンで、メイナードは盲目的にアイリーンを愛している。この二人を一緒にすると、本当にろくでもないことをしでかしそうで、バーランドは先ほどから必死になって二人をなだめている最中だ。


「オルフェ、一撃で殺してやる必要はないだろう」


「じゃあどうする」


「そうだな、まず爪を一枚一枚はいで――」


「頼むからやめてくれ二人とも!」


 闇討ちとか拷問とか、聖女に対する不敬罪と言う名目であっても重すぎる! しかも冗談ではなく本当にやりかねない二人だからバーランドは青くなるしかない。


 この二人はアイリーンが絡むと全くの別人だ。本当に人格が変わる。こんなのが次期国王と次期宰相候補なんて先が思いやられて仕方がない。


「とにかく、厳重注意の上に今度言ったら投獄だって脅しておいたからそれでいいだろ!」


「「よくない」」


 口をそろえて否を唱えるから、バーランドは「いい加減にしてくれ!」と叫びたくなる。


 この二人は先ほどから、アイリーンに対して不名誉なことを言った連中をどう懲らしめてやるかで盛り上がっていて――、放っておけば大変なことになりそうだからバーランドは必死だった。


「リーナもあれだな、名誉棄損で修道院―――」


「無茶言うな! 王族救って、リーナが神聖視されている今そんなことをしたら暴動がおこるぞ!」


「そんなもん、全員捕縛だ」


「乗った。なかなか住みやすい国になりそうだ」


「馬鹿なのかお前ら! なあ⁉」


 今回のことで怒り狂っているのはこの二人だけじゃない。バーランドの妹のキャロラインも、本気でリーナを闇討ちしようと考えていて――、それを止めるのですでにバーランドは疲労困憊だった。


(僕の周りはどうしてこんなんばかりなんだ!)


 気持ちはわからなくもない。もしもキャロラインが同じ目に遭ったらバーランドだって怒る。だが、怒っていても、さすがにこの二人みたいに暴走はしない。


 もう一人で止められる自信がない――


 バーランドが本気で匙を投げそうになったその時だった。


「兄上、いる?」


 コンコンと扉が叩かれて顔をのぞかせたのは、サヴァリエだ。


 メイナードはにこっと笑ってちょいちょいとサヴァリエを手招きし、


「ちょうどよかった。アホどもをどう処刑してやろうか考えていたところ――」


「処刑⁉ そんな話してないよな⁉」


 叫ぶバーランドに、サヴァリエは苦笑しながらメイナードの隣に腰を下ろした。


「兄上、そろそろバーランドが倒れそうだから冗談はほどほどにした方がいいと思うよ」


「冗談じゃないんだが……」


「本気で処刑したいなら、もう少し重そうな罪を捏造――」


「サヴァリエ殿下!」


「あ、うん、ごめん。僕のは冗談」


 サヴァリエは笑いながらバーランドに謝ってから、ふと真面目な顔になった。


「毒の件だけどね――」


 サヴァリエが声を落として告げた内容に、メイナードは目を丸くして考え込んだ。


「なるほどな、それならお前を特定して狙うことができるのか」


「そういうこと」


 さんざん妹を傷つけたやつへの復讐を考えていたオルフェウスも、表情を引き締めて頷いた。


「だが――、目的は?」


 サヴァリエは小さく首をかしげて、


「それは、もう少ししたらわかるかもね」


 と笑った。

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